第3話 笑顔に満ちた日々。
翌日曜は華子ちゃんを連れて買い物に出かけた。
本当に文字どおり着の身着のままだった彼女。
お金すら持っていなかったことに驚いたが、当面は家に居るわけだし、主に生活用品と衣服を買って回った。
彼女はいちいち楽しそうに僕の後ろをちょこちょこついて回り、興味のあるものからは、なかなか離れようとしなかった。
食材の買い出しも終わり、家に帰ってからも、彼女は今日一日街で見たものを、興奮気味にいちいち報告してくれた。
見えないしっぽを千切れんばかりに振りながら。
明日はどうするかなぁ。
もう今日の夜22時には家を出なきゃいけないんだけど…。
一応、彼女にそれを伝えると、
「私も行く。絶対に行く。ゆうきと離れない。置いてかないで。お願い。」
とまくし立てられた。
まぁ可愛くはあるんだけどね。
本当に妹が出来たみたいで、若干嬉しかった。
だから決めた。
「華子ちゃん。ちゃんと大人しく僕の言うことを聞いてくれたら連れて行く。分かった?」
「いいの?! やったー!私、いっぱい頑張る‼」
何をだよ? って突っ込みたかったが、あまりにも喜んでいて可愛いのでやめといた。
そして二人の楽しい日々が幕を開けた。
****************
「ねーねーこれなにー?ゆうきっ?これっ?」
「それは豚の肩肉。少し重いから気をつけろよ?」
「うんしょっうんしょっ! えーいっ!」
僕の配車は、毎日毎日決められたコースを運ぶルート配送ではなかったので、毎日景色も変わって、華子にとっていつでも刺激的な経験でいっぱいだった。
いつでも目をキラキラさせて、僕の後ろをついて回り、僕の仕事の補助をする。
社長や同僚たちには、身寄りが無くなった母方の従妹だと説明して、何となく納得はしてもらえた。
会社のジャンパーや制服も貰った。
華に給料を出すと言われたが、申し訳ないからと最後まで突っぱねた。
港に集中して点在してる冷蔵庫を巡ったり、食肉加工センターからの牛肉や豚肉を港の冷蔵庫に持っていったり、時にはホームセンターや薬局やディスカウントストアにティッシュやトイレットペーパーを運んだり。
およそ2トントラックで出来る仕事は何だってやらせて貰った。
どんなに遠い納品先でも、どこにでも行かせて貰った。
何より、僕が楽しかったから。
華子が来てからというもの、僕の無表情だった日常に、常に笑顔が溢れた。
あの無愛想で、灰色だった毎日が、嘘のように消え去った。
彼女はいつでも僕に笑顔をくれた。
いまだに手は色々とかかるけれど、それすらも僕に明日を生きる力をくれた。
「華ー?しんどいなら先に寝とけよ?もぅ二時間くらいしか寝れないよ?」
「いーやーだー。ゆうきと一緒に寝るのー。」
「じゃぁ布団で待っといて。すぐに行くから。」
「はーい。」
……。どうせ寝転んだ瞬間に寝てるクセに。ふふふ。
あれからずっと玄関に布団を敷いて寝てる。
彼女はどんなに熟睡していても、なぜだか僕以外の気配を感じるとすぐに起きる。
そして、僕を起こしてくれる。
何度か寝室で寝かそうと試みたけれど、玄関が落ち着くんだと、いつもあの汚いボロ切れを引っ張り込んで僕のそばで丸まって眠った。
あんまりなのでボロ切れは一度洗ったが、咬みついて怒られた。
でも、僕の傍らでボロ切れにくるまって丸まる彼女を見ていたら、一生そのままでいいとさえ思えた。
彼女を守って生きよう。
母さんがそれを望んで、彼女を使わせてくれたんだ。
僕は生きてくよ。母さん。
楽しいことばかりじゃないだろうけど、華子と一緒なら絶対に負けない。
本当にありがとう。
僕は華子の綺麗な寝顔をそっと撫でて
少しの間の夢に向かった。
そうして毎日が忙しく、楽しく過ぎて行った。
****************
あれから三ヶ月が過ぎ、季節は8月夏真っ盛り。
帰庫したばかりの僕たちに社長が声をかけた。
「勇気。ちょっとだけ遠出になるんだが、乗るか?」
「もちろん。どこでも行きますよ?」
「いやーお前ほんと頼もしくなったなぁ。華ちゃんのおかげだな?」
「しゃちょー。もっと褒めてー。」
「ほんと社長は華に甘いんですから…。で、どこに何を運びますか?」
「チャーターでな、尾道の港から、島根の出雲に岩牡蠣だ。活魚トラックも用意するから。」
「広島の尾道市ですか?そりゃまた遠いですね?ここからでも300キロ近くはある。そこから島根県だと、片道でも…500キロほどですか。運賃大丈夫なんですか?」
「それは大丈夫なんだよ。芦屋の大金持ちのお得意さんなんだ。なんでも、自分の会社の社員旅行に島根県の出雲にある別荘を使うから、生きたまま今が旬の岩牡蠣を運んでくれってよ。大型の一週間分の上がりを軽く超えるくらいの大金貰ったからぜんぜん大丈夫だ。お前ら毎日毎日よくやってくれてるからな。お前もあれ以来ずっと休んでないし…。三日分くらいの宿泊費とメシ代だしてやるから、華ちゃんとゆっくり行ってこい。社長命令だ。」
「社長……すみません。ありがたく行かせていただきます。」
「よく分かんないけどありがとーしゃちょー!」
思わぬプレゼントが舞い込んだ。
華にとっては初めての遠乗り。
華の喜ぶ顔を想像して、僕は今からわくわくしていた。
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