第2話 僕の妹。
「出来ました。これで次からは、デジタコをPCに読み込むだけで、勝手に全ての数値を記録してくれます。」
「もう出来たの?! はっやーい!二時間も経ってないよ?」
「それじゃあ僕は帰ります。お疲れ様でした。」
すぐに席を立つ僕を、深雪さんが制して言った。
「ごはんおごるから一緒に出よ?」
こういうのが煩わしい。だから目立つのが嫌なんだ。
家に帰ってご飯は食べる。米もある。僕は出来るだけ嫌味に聞こえないように断った。
「すみません。今日は用事もありますし、また今度お願いします。」
深雪さんは少し口を尖らせて
「用事なら仕方ないね。また誘うから、今度は絶対ね。約束よ?」
「はい。失礼します。」
約束なんて軽々しく口に出しても、守る気なんてないくせに。男なら誰もが女の子から誘われればOKすると思ってるのがそもそも間違いなんだって気づかないと。
そして僕は帰路についた。
****************
家に着いたのは20時を少し回ったところだった。
最初はボロ切れかと思った。
風で飛んできたボロ切れが玄関に落ちてるんだと。
僕はそのボロ切れを摘まんで持ち上げようとして、思わず後ろに飛びずさるほど驚いた。
そこには泥だらけの死体があった。
僕はそれ以上見ないようにしながら、警察へ連絡するべく携帯をジーンズのポケットから取り出した。
その時。
「……う~ん。ゆうきー?」
えっ?! 生きてる?
ってか、僕の名前、呼んだ……?
もぞもぞし出した死体を、おそるおそる覗き込むと
「ゆうきっ!ゆうきっ!ゆうきだっ!」
と、首に飛びつかれた。
あまりの勢いに耐えきれず、後ろにしりもちをついて死体を抱え込むような格好になると、死体は僕の顔をベロベロ舐め回した。
「わっ!何?! やめ ちょっ! やめろ!!」
僕はたまらず死体を突き飛ばした。
死体は二度ほど回転して門柱に激突して止まった。
僕はすぐに起き上がり、ベトベトの顔を拭いて、玄関の扉を背に叫んだ。
「なんなんだ一体?! ………ん?女…の子…?」
門柱にもたれ、両足を投げ出すような格好でのびている泥だらけの女の子。
ぼさぼさで少しクセの入った黒髪はやっぱり泥だらけ。前髪の一部に白髪?みたいなメッシュが入っている。元は白かったと思われるノースリーブのシャツの胸元には大きな膨らみが二つ。ジーンズを股下でバッサリ切ったようなボロボロのホットパンツからは、すらりと細い泥だらけの足。
顔は……か 可愛い……。
薄汚れどころじゃない汚れ方だが、ながいまつ毛、大きな目にスラッとシャープな高い鼻。大きくふっくらとした唇、驚くほど小顔の、世で言うところの美人というヤツだ。
なんでこんな子がウチの玄関に…
あまりの綺麗さに、息を呑んで見つめていたが、しばらくすると彼女が目を覚ました。
綺麗な瞳の色……深緑?
目が合ったとたんにまた抱きつかれる。
胸が!おっきいから!むぎゅって!
「ゆうきっ!逢いたかったっ!やっと見つけた!もう離さない!」
「なっ!な ちょっ! ちょっと落ち着いて?! な? 話っ!話しさせて?」
僕は彼女を引き離して説得すると、しぶしぶ離れてくれた。が、僕のシャツの裾を掴んだまま離さない。
まぁいいかと大きくため息をついて、ゆっくりと彼女に聞いた。
「まず、君は誰? なんでウチの玄関に寝てたの?」
彼女は上目がちにぼそぼそと話し始めた。
「…ゆうき覚えて……ううん。私は華……子。はなこ。ずっとずっと遠くから歩いて来たの。疲れて、お腹がすいて、やっと見つけたの。私のベッド。」
……? 意味がちょっと分からない…。
「よく分かんないけど、はなこちゃんで良いかな? はなこちゃんはどこから来たの?…何しに来たの?」
「………言えない……けど、ゆうきを守りに来たの。もう泣かないように、私が守りに来たの。」
「どういうこと…? 僕を守りに…? 君が? なんで?」
「言えない。……でも、ゆうきが好きだから。私が絶対に守るの。約束したの。」
「君が僕を好きだから…? 僕は君を知らないよ? なのになんで? 誰と約束したの?」
彼女は少し哀しそうにうつむいてから
「…お母さん。私とゆうきのお母さん。」
「君と僕の? お母さん? ウチは一人っ子なんだよ?」
「…でもお母さんが言った。あなたはゆうきの妹よって。そう言っていつも頭撫でてくれたもん!」
いまいちよく掴めない。
隠し子…なわけないよな。見たところ同い年くらいだし…。立て続けに産めるわけもない。うーん。
「…よく分かんないけど、お腹、すいてるんだろ? 中に入って?なんか用意するから。」
彼女は本当に嬉しそうに目を輝かせた。
****************
三合ほど炊いたご飯をペロッと平らげ、お腹を押さえて畳に寝転んでうんうん唸ってる彼女。
食べながら聞いた話を整理すると、彼女の口から詳細を語ることを禁じられているが、なんせ僕の妹だそうだ。母さんの事もちゃんと知っていて、僕しか知らない細かな事までしっかりと答えた。驚くことに、父さんの事まで細かく知っている。
疑いようがない。彼女は本当に僕の身内らしい。ちっとも似てないけど。
色々と謎ばかりで、納得はぜんぜんいかないけれど、僕は彼女に不思議と懐かしさすら覚えていて、この数日の苦しみがあっけなく消えていることに驚いた。
この息を抜くような安心感。
確かに彼女は僕を守る為に来たのかもしれないと、なぜか手放しでも信じられた。
「風呂入りなよ?泥だらけだし。」
彼女に促すと、彼女はあからさまに嫌そうな顔で言った。
「やだ。これでいい。」
「…いや。君は良いかもしれないけど、さすがにそれじゃ部屋が汚れてしまうから…。」
「……どうしても?」
「お願いしたいね。」
彼女は仕方無さそうにため息をつくと、僕の手を取り
「じゃあ洗ってね。昔みたいに。私ひとりでお風呂入ったことないもん。」
と、とんでもないことを言い出した。
「い いやいやいやあのね? ひとりでお風呂入ったことないとか意味が分かんないから! 一緒に入れるわけないじゃん?! 」
「なんで?昔よく一緒に入ったでしょ?私が目が痛いって言ってたのに無理矢理シャンプーしたりして。」
「知らないよ?! ……とにかく独りで入ってよ!早く!」
「…だってどうやったらお湯が出るとか分かんない……。」
「え?蛇口捻れば出るよ!大丈夫だから、さぁ行って!」
上目に鼻をくぅっと鳴らして哀しそうにする姿を見たら、なんとかしてやりたいと思うけど、こればっかりは無理だ。だってその身体…反則過ぎるほどグラマーだ。
しぶしぶ風呂場に向かう彼女を見送った。
****************
はー。もぅ疲れた。
結局すったもんだしながら、着替えの無いという全裸の彼女に、僕の大きなTシャツを貸して、ドンキに下着と女の子用の服まで買いに行くはめになって、布団に寝かせて落ち着いたのはとっくに0時を回った頃だった。
昨日のPC修理の件で、今日の運行を休みにしてくれたので助かったけど、本当なら23時には運行に出なきゃいけないとこだった。
っと華子ちゃん? えっ? さっきまで布団に居た…のに? どこ行った?
洗い物をして布団に来たら居ない。
トイレを見に行くと…居ない。
風呂場に…居ない。……?
玄関に降りてドアを開けた…
「きゃん!」
…ら居た。
「華子ちゃん何やってんの?」
見れば、出逢った時の様にボロ切れにくるまって、玄関先で丸まってた。
いやいや。さすがにそれじゃあ風呂の意味はなくなる。
「寝るの。私のベッドで。」
丸まったまま答える彼女。
すっごく幸せそうだ。
「……ちゃんと布団で寝ないと風邪ひくよ?さぁ。入って。」
「いいの。ここが。」
「土間だし汚いし、それ、犬の毛布だよ?」
彼女はそれでも嬉しそうに鼻をふんふんと鳴らして
「うん。気持ちいい。ゆうきのにおいがする。」
と、目を閉じて微笑んだ。
「じゃあせめて玄関にあがって?布団、持ってくるからさ。一緒に寝よう。」
彼女は僕を見て幾度か目を瞬かせて、にっこり笑った。
「うん。一緒に寝て欲しい。」
その笑顔がとても美しくて、僕は眠るのに少し苦労することになった。
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