僕とハナのおとぎ話
finfen
第1話 引きこもりのスーパーマン
「ゆうきー!もっとバックだ!もぅちょっと左ぎみに切れー!
よーし!そのままオーライオーライ!」
僕の名前は
この春、高校を無事に卒業し、ここ、三谷運送に就職が内定した。
早くに父親を亡くし、女手一つで僕を育ててくれてた母さんは、この三谷運送で4トントラックのドライバーをしていた。
夜は22時頃に家を出て、帰りはだいたいが翌日の17時くらい。拘束時間は19時間ほどか。
それでも母さんは毎日ちゃんと、僕の為に朝御飯を作ってから出ていく。
その為に、睡眠時間は長くても一日三時間くらいしかない。
父さんが亡くなってからだから…
12年ほどかな。
本当に辛かったと思う。
僕はといえば、けっこう学校の成績もよく、四大への推薦ももらってはいたけど、母さんを早く楽させたくて、進学への道を捨てた。
そしてここ、三谷運送に就職を決めた。
試験も面接も無く、母さんの口利きだけで就職が決まったので、貴重な時間を無駄にすることがなく、すぐに稼ぐことが出来た。
“僕を育ててくれた”
と過去形にしたのには理由がある。
そう。母さんは先月、仕事中に心筋梗塞で倒れ、すぐに最寄りの病院に搬送されたが、そのまま目を覚ますことなくこの世を去った。
それは、初めての僕の給料日。
初任給で母さんにどんなものを買ってあげようかと、ニヤニヤしながら得意先の冷蔵庫から帰っていた時に、社長さんから知らされた。
常日頃僕は、口数が極端に少なく、感情の起伏が少なく、常に現実的で、今、目の前で起きていることにだけにしか興味がなかった。
おかげで、クラスメイトからは“冷血くん”と呼ばれているほどだった。
しかしそれも、好き好んでそうなった訳ではない。小学校時代に遇った酷いいじめのせいだ。
あいつらは父親が居ない、たったそれだけの理由で、僕を地獄の海に叩き込んだ。
保護者や教師をも巻き込んだ陰湿ないじめは、母さんにまで被害を及ぼして、僕の長い長い登校拒否で終息を迎えた。
あれから僕はずっと、口を閉ざし、感情を殺し生きてきた。
人間なんて誰も信じない。
気を許したら殺される。そう信じて生きてきた。
でも母さんは別だ。
僕は涙が止まらなかった。
人は、涙で溺れて死ねるんじゃないかと思うほど泣いた。
僕は母さんに何もしてやれなかった。
僕の為に全てを犠牲にし、苦しくてもどんな時でも、いつも笑顔で傍に居てくれた母さん。
僕は母さんにとうとう何の安らぎも与えられなかった。
葬儀のあと、丸一週間家に籠り、飲まず食わずで泣き続ける僕を、社長と社長の奥さんが、仕事へと連れ出してくれた。
「少しは外の空気を吸いなさい。母さんの為にも。」
との言葉に、ようやく重くなった身体を起こして、今ここに居る。
ここは母さんがいつも冷凍鶏肉を運んでいた冷蔵庫。
勝手が分からないだろうからと、社長さんが自ら横乗りしてくれている。
「あとは荷受けのリフトマンからサインをもらって終わり。簡単だろ?」
「そうですね。分かりました。」
いつもより社長さんが優しい。
気を遣ってくれてるのは明白だ。
社長さんが少し禿げかけた頭をガシガシとかきながら笑って、トラックの観音扉を閉めてくれた。
次は、南港の冷蔵庫から鳴尾浜の冷蔵庫へ、 チルドの豚肉の横持ちだ。
僕は淡々とトラックを走らせた。
****************
17時過ぎに帰庫して、いつものように日報を書いて、アルコールチェックをし、運行管理人に点呼をしてもらう。
それで、今日の運行は終了。
のはずだったが、社長さんに呼ばれた。
「勇気お前なんとかって資格持ってたよな?にっしょーなんとかっての。」
「…日商簿記のことですか?持っています。」
「そうそうそれ!悪いけどちょっとだけ見てやってくれないか?深雪のヤツ頭抱えちゃっててな。」
「はい。分かりました。」
事務員は3名。社長の奥さん、深雪さん、そして、橋本さんというもう定年間近の女の人で、この事務所を切り盛りしていた。
「深雪?連れてきたぞ?ちょっと勇気に説明してやれ。」
深雪さんが大きなため息をつきながら、僕をチラッと見て、仕方無さそうに話し始めた。
「…えーっとね。簡単に言うと、運行管理システムが新しくなったのね。全車デジタコに変えたしさ。んで、管理ソフトを新しく変えたんだけど、従来のデータがどうやっても引き継げないの。今までのドライバーさんの運行データを入力したとたんに、新しいデータまで飛んじゃうの。だから今、応急処置として全部いちいち手打ちしてるわけ。ソフトの会社に頼んだけど、来てくれるの早くても来月の頭になるのよ。……って、勇気くんに言ってどうなるのよお父さん。日商簿記でしょ。ぜんぜん関係ない資格じゃないの。」
「そうなのか?勇気?パソコン、使える資格じゃないのか?」
社長が不安げに僕を見つめる。
僕は深雪さんの意を組んで、なるべく簡素に答えた。
「そうですね。違います。」
「そうかぁ…。」
落胆する社長となぜか勝ち誇ったような深雪さん。
別にそのまま話は終わっても良かったけれど、親が子供を心配してのことだ。僕は少し深雪さんにムカついていた。だから柄にもないことを言ってしまった。
「…ですが、僕なら直せます。僕は日商PCとMOSを持っています。」
深雪さんが目を見開いた。
「嘘でしょ?! マイクロソフトオフィススペシャリスト? 日商PCは?何級?」
「MOSは四種類エキスパートで、日商PCは一級です。なんでしたら、 サーティファイの方もExcel、Wordともに一級を持っています。ついでに秘書検定は準一級です。」
「…あなた何者?! ……すごい…私でも日商PC二級どまりなのに…。」
言いながらしまったかなと思ったが、もう仕方がない。
深雪さんは目を見開いて、社長の襟首を掴んで揺さぶりながら叫んだ。
「お父さんグッジョブよ!この子とんだモンスターだわ?! 私たち凄いスーパーマンを拾ったのよ?ありがとう!大好きよお父さん!」
社長は真っ赤になって嬉しそうだったけど、僕は自分の軽率さを軽く呪った。
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