第3話 下校
ほんとうはもっと早い時間のバスにも乗れる。でもこの時刻の便に乗車する。後ろから2列目、右側の二人掛けに、明日香がいる。目が合って、控えめに手をひらひらさせて私をまねく。自分の顔がほころぶのを感じながら、彼女の隣に座る。
小学校4年生のとき、彼女と初めて同じクラスだった。最初の席が隣同士、黒板からいちばん遠くて、空がよく見える彼女の席。中学から別々の学校へ行き、しばらく交流が途絶えたのち、高校にあがって、偶然に再会した。この時刻のバス。
小学校以来の再会だったが、ひとめで明日香だと分かった。すこし臆病なところのある彼女は、私が声をかけるまで気づかなかった。膝のうえに置いた小説から顔を上げた彼女は、それでも察しがつかない様子で、すこし怯えているようだった。私が名乗ると、一瞬の間があって、あっと息をもらして驚いた。
「えー! 花奈ちゃん?!」
目を丸くするというけど、ほんとうに丸くなった。とたんに顔が明るくなる。
「びっくりしすぎじゃない?」
「だって、すごい変わってたから」
「隣いい?」
「うん、座ろう、座ろう」
「一瞬でわかったよ」
「変わってないねってよく言われるんだ。小学生のときから変わってないってどうなんだって思う」
と彼女は苦笑する。
「花奈ちゃんだいぶ変わったね」
「うちはほら、バカ高校だし、こんなのばっかいるから」
鞄のストラップをジャラジャラ鳴らして笑った。
「明日香みたいなのはすぐイジメられちゃうんだよ」
「ヤだー」
まだ化粧を知らない顔で、明日香も笑う。
「いつもこの時間のバスなの?」
「そうだよ」
「わたし、今日たまたま遅くなって乗ったんだ」
「えー偶然だね」
その日から帰り道はこの時刻の便にした。明日香といると不思議な感覚になる。小学時代の友人といるということもそうだし、それを不思議に思わせるのは、今は小学生の私とは違っていることに気づくからだった。私の時間は私にとっては連続したもので、変化は気づかないほど緩やかだった。そこに彼女と並ぶと、途端にいまの自分というものに気付くのだ。
周囲には、この2人がどんな風に映っているのだろう。明日香と喋っている最中にも、こんなことを頭の片隅で思っていた。髪は染めているし、シャツの首元のボタンは外してるし、爪も塗っている。動くたびに何かがジャラジャラ鳴るし、声がでかい。
対するもう1人は姿勢よく座って、スカートに余計なしわもつくらない。肩にかからないあたりで切りそろえた黒髪にはつやがあって、バスの振動に揺れる様は軽やかだ。控えめな微笑を保つ口元、言葉は適切な量だけ紡がれる。
明日香と知り合うのが高校からだったら、たぶん友達にはならなかったんじゃないか。そんな気がして、また彼女の顔を見る。まじまじと見る。
「ん、どうしたの?」
「いやなんか、不思議だなって」
「え? え? 私変なこと言ったかな」
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