変なやつとグレッグファミリー

それから、何日か経った後のことです。役目を終えた野菜たちを引っこ抜き、1箇所に集めて燃やし、サツマイモの蔓などは堆肥置き場に混ぜ込み、良い土になるように願いながら覆いを掛けました。


「あったかーい」


「そうだね。あったかいね。」


作業を終えて、枯れた草木を燃やして焚き火をしました。クロエさんとエリさんがかじかんだ手を火に当てています。当然、残った灰は後で畑にすき込みます。


「寒いな今日は。」


「ええ。太陽の恵みというのは偉大ですね。」


私とアヒトさんは剪定したオリーブの枝を背負って、焚き火とオリーブ畑を往復しながら空を見上げました。


「そういえば、東に6日ほど歩いたところにオリーブ農園があります。子供好きの主人でしてね。もし、オリーブの世話が性に合うようでしたら、一度行ってみては?」


「いや、別に好きじゃないし。農業とか。」


「何かあったときのためですよ。人里離れた農園ですから、そう簡単には見つからないと思います。」


「じゃあ行けないじゃん」


「それもまた然り。」


「考えとく」


どんよりと薄い雲が空を覆い、地表には冷たい風が駆けてゆきます。焚き火の煙が雲を作っているようでした。


「芋はまだか。」


「イモイモ。」


「そろそろ良いんじゃないですか。それとか、蜜出てますし。」


まだもう少し芋を寝かせたいところですが焚き火をしたならこれは欠かせません。クロエさんが一つを割って口に入れました。


「あっまっ!べちゃべちゃしてるがめちゃくちゃ甘いな!」


「エリも食べたい。」


「熱いですから冷ましてからにしましょうね。」


クロエさんと私は何事もなかったように今まで通りに接していますが、時折、雲切れに差す一瞬の光のような沈黙が訪れます。私たち二人の関係には少しづつ、言いようのない小さなズレが生まれていました。気付かない振りをして笑っていても何処か虚しいのです。火は枯れた枝を舐め、まだ水気のある葉を縮れさせます。不可逆であるのは火も一緒なのです。でも、そうしなければ消えてしまうのもまた、


「おい、アヒトー!こっちに来いよ!芋うまいぞー!」


クロエさんの大声で我に帰りました。アヒトさんは襟を立てて何か呟くと、木切れを拾いに行きました。


「変なやつだな。」


クロエさんが芋をホクホクと齧りながら言います。私はなんだかあったかい気持ちになりました。


「私も行ってきますね。」


その場を立ちアヒトさんを小走りで追いかけ、横に並びました。


「芋、美味しいですよ。」


「知ってる。」


襟に顔を埋めています。ニヤつきそうなのを抑えながら軽い調子で言いました。


「クロエさん、可愛いですもんね。」


アヒトさんは人を殺せそうな目で睨んできましたが、何も言いません。


「私はアヒトさんの気持ち、分かりますよ。そうだ、私が行商の娘に一目惚れした話をしましょうか?」


「そんなん、聞きたくないわ。」


にべもなく言われました。


「じゃあ、教訓だけ。あんまり意識しすぎると変なやつだと思われますよ。さぁ、戻りましょう。」


「うるさいな。」


ぐい、と肘で小突かれました。私も負けじと小突き返します。そうすると更に強く小突かれました。


「にいちゃん達たのしそー。」


焼き芋を持ったエリさんがクロエさんの膝の上で嬉しそうに言いました。




その日は、クロエさんはお勤めでエリさんを連れて街に行きました。ジェシカさんに会わせるそうです。なので、我々男どもは冬に備えて薪を作っていました。アヒトさんには、間伐材を近くの材木屋さんに取りに行って貰っています。


「よう、あんちゃん。精が出るね。」


私が斧を振るっていると妙な2人組に声を掛けられました。一人は軽薄そうな顔つきの小男で、もう一人は物言わぬ山のような大男です。


「ええ、まぁ。」


警戒をされるには十分な要素が揃っているように見えました。艶艶と高そうなジャケットに後ろに撫で付けた髪。


「あんちゃんにさ、聞きたいことあんだけどちょいと良いか?」


「構いませんよ。なんでしょう。」


私は笑顔でそう返しましたが、斧だけは離しません。なんだかこの二人、剣呑な雰囲気がするのです。


「これくらいの、女の子なんだけど。迷子でさ。探してんだよ。」


男は丁度、腰くらいの高さを指し示しました。


「いやぁ、知りませんね。」


汗を拭きながら周りを観察しました。アヒトさんはまだ帰って来ませんし、クロエさんとエリさんは今夜は泊まりです。私一人であれば襲われても大丈夫そうです。腰の膨らみから、短刀か何かを持っているようですが、生憎こっちは斧を持っています。


「うーん、そうか。困るんだよ。その迷子を見つけないと。旦那、本当に何にも知らないのかい?」


小男は気持ちの悪い笑顔で近付いて来ました。


「知りませんよ。なんなんですか?」


「ふうん。じゃあさ」


男は更に口角を上げて笑いました。


「何で、あんたの家、椅子が4脚も出してあるんだ?しかも二つは間に合わせの椅子だよな?」


窓から見えるリビングを指差して言いました。心臓がどくんと鳴りましたが、平静を装いました。


「妻と子供達です。それが何か?」


「ああ、そうだったのか。」


男はパチンと手を叩きました。


「なるほどね。でも、あんた、随分若くして父親になったんだなぁ」


私の表情を見逃さないよう、間近で目を見開いています。


「こんな大きな男の子がいるんだもん。そうだろ?あんたが着るには小さ過ぎるコートだもんな。」


小男が指差した大男の手にはアヒトさんのコートが握られていました。


「あんたら!」


毛が逆立つのを感じました。この男達は、既に家の中を物色していたのです。


「あんたのカミさん、幾つだよ?こんな子供っぽいの着ちゃって。今度紹介してくれよ。」


小男は私の目の前でクロエさんの下着をチラつかせました。頭に血が登るのを感じました。


「おい、なんか答えろよ。」


ぐい、と大男に肩を掴まれたと同時に大男の下に潜り込み、顎に向かって掌底を打ちました。大男はよろけながら後ろに倒れこみ、小男は唖然として固まっていました。


「てめえ!俺たちが誰か分かってんのか!」


そう叫ぶと懐に手を入れたのでその手首を掴むと、小男の目に怯えが走りました。


「あんたらが誰か何て、」


そこまで言った時、小男の胸元に付けたバッチが目に入り、動きが止まりました。同時に父の言葉を脳裏に蘇りました



「このバッチを付けてんのはグレッグファミリーだ。」


父は古ぼけたバッチを目の前にかざし、私に見せました。


「マフィア連中は傭兵に喧嘩を売らない。街の外で何をされるか分かったもんじゃないからな。でも、こいつらは違う。下っ端の喧嘩でも、組織が動く。そうやって逆らう連中を駆逐するんだ。こいつらには近付くな。喧嘩になっても負けろ。100人以上に追われる羽目になるぞ。」



小男は一瞬の隙を見逃さずに、短刀の柄で私のこめかみを殴りつけました。


「あ、く、」


脳が揺れ、立っていられず膝を突きました。平衡感覚が狂い、痛みと血で視界が揺れます。


「てめぇ、よくも」


次にあばらに激痛が走りました。少し体が浮き、倒れ込んだところで、起き上がった大男に蹴られたのだとわかりました。ろくに息が出来ず呻きながら空気を求めて喘ぎました。


「旦那、穏便にいこうぜ。ここら辺の自警団と揉めたくないんだ。」


私の小男が髪の毛を掴んで頭を持ち上げました。


「ガキどもは何処だ?」


「何のことだ」


大男が私の首に腕を回しました。抵抗しようと思っても両腕を踏みつけられて動けません。


「意識のあるうちにもう一度チャンスをやる。ガキどもは何処だ?」


「知らない。」


大男が腕で首の両側を挟むようにして締め上げてきました。血が回らず、頭が冷めていくのを感じました。


「ここにいんだろ!早く言えよ!時間がねぇんだよ!」


小男が唾を撒き散らしながら怒鳴りました。私はじわじわと狭くなる視界の中で父の言葉を思い出しました。




「ん?このバッチか?俺の若い頃な、色々あったんだ。だから南の諸都市には今でも行けないな」


父はイタズラっぽく笑って言いました。




小男ににやりと笑いかけると、そこで意識がぷつんと途切れました。

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