クッキーとあやとり

「すごいな!いっぱい出てくるぞ!これ全部食べられるんだよな。」


初めての芋掘りだったようで、クロエさんは大はしゃぎです。


「すぐには美味しく無いですけどね。日陰で寝かしとかないと。」


私も予想以上の収穫ににやにやが止まりません。この冬はひもじい思いをせずに済みそうです。


「すごいなぁ。夏野菜と違って育ててる途中は一切口に入らんから、こんな手間のかかるもの焼いてしまえと思っていたが、すごい優秀なのだな。見直した。」


そんなこと思っていたのかと驚愕しました。きっと、桃栗三年柿八年なんて言ったらすぐにでも斧を振り回すでしょう。


「あと残すはオリーブの収穫ぐらいですね。それが終わればもう冬です。」


「そしたら暇になるな。」


「大根の世話やって下さいよ。」


芋を詰めた木箱を家に運んでいると、ウッドデッキのあたりに人影が見えました。随分、小柄な2人組です。


「なぁ、あれって?」


クロエさんが怪訝な顔をして言いました。


「多分、お客さんでしょう。こんな時期に珍しい。」


「いや、そうじゃなくて、子どもじゃないか?あれ。」


近付くにつれ、段々とはっきり見えてきました。クロエさんの言う通り、ウッドデッキで肩を寄せ合うように眠っていたのは、10を少しばかり越えた少年と4,5才の女の子でした。


「もしもし?迷子、ですか?」


そう言ったものの迷子だとは思っていませんでした。身なりから推測するに孤児か、脱走奴隷か。少年は肩を叩いて起こすとすぐに身を固くして姿勢を正しました。


「いや、違う。旅の途中なのだけれど宿が見つからずに困っていた。一晩で良いから泊めてくれないだろうか。」


精一杯に背伸びをして大人のような言葉遣いをする少年の目は油断ならない鋭さがありました。


「ここは関所です。宿坊のようなものでは」


「良いぞ。泊まっていけ。」


クロエさんが言い放ちました。


「良いだろシモン?」


「そのつもりでしたが、もう少し素性を、」


「素性なら分かる。」


ヨダレを垂らしながら寝ている女の子をを指差しました。


「可愛い女の子ともう一人だ。」


そーゆーことじゃなくて。





少年は相変わらず警戒心を隠しながら女の子の手を引いて椅子に座りました。足りない分の椅子はクロエさんと私の部屋からも持ってきました。


「旅の途中でしたっけ?どちらまで行かれるんですか?」


「あての無い旅だ」


要領を得ない答えです。女の子は怖がって少年の裾をギュッと握り、不安げに私とクロエさんを交互に見ています。


「底知れぬ深みへ行く予定は?」


クロエさんは机の上にクッキーの缶を置き、もしゃもしゃと食べ始めました。


「底知れぬ深み?いや、無い。単なる谷だろう。」


クロエさんがクッキーをさも美味しそうに食べるので女の子は興味をそそられて唾を飲み込みます。どこかわざとらしい動きです。


「うーん。珍しい。用もなくこんな辺境の地まで。」


「あての無い旅なんだ。」


抜け目のない返答、孤児だろうなと確信しました。打算で動くのならその方が扱いやすいのでこちらとしてもそれ相応の対処をします。


「クッキー食べる?」


「食べる!」


クロエさんは女の子の警戒心を食べ物で解くことに成功したようです。


「まぁ、何もないところですがゆっくりしていって下さい。私はシモンです。こちらはクロエさん。関所を通る方の管理をしています。」


「俺はアヒト。こっちは妹のエリだ。」


「四才だよ」


そう言ってエリさんは指を三つ立てると、アヒトさんが呆れた顔をしました。


「もう五歳だろ。」


何もかも違うやん。



「へぇ、じゃああんたは春になったら谷に下りるのか。」


「そうだ。だからそれまでここで居候してるんだ。あとな、アヒト。わたしの方が年上だぞ。敬語使え、敬語。」


「え、あっ、すいません。」


「あやとりしよー」


「あやとりかー。持ってないなー。ごめんな、エリ。」


昼ごはんの支度をしている間、3人は年も近いからかそれなりに打ち解けあって会話していました。こんなにこの家が賑やかになるのは初めてです。私は、お得意のチーズと卵のパスタを作っています。人数が多くなってもこれなら楽なのです。


「えー、持ってないの?こーゆーふうに遊ぶやつだよ。」


「多分それ、縄跳びだな。エリ。」


「もうすぐ出来ますからお皿運んで下さい。」


「はーい。」


まるで託児所です。



エリさんがこの辺りを探険したいと言ったのでクロエさんを連れ立って2人で出かけました。クロエさんは小さい子が好きなようでウキウキとしています。ジェシカさんがここに入ったらどういう化学反応が起きるのでしょう。その一方、私はアヒトさんと2人きりになり気まずい沈黙が流れています。年に似合わない大人びた目がどうにも苦手なのです。


「あんたとクロエ、どういう関係なんだ?」


アヒトさんは出し抜けにそんなことを聞いてきました。


「え?どういうって、居候ですかね?多分。」


「ふーん。」


変なことを聞くものです。私は蒸らしておいたジャスミンティーにお湯を注ぎました。


「もう、良いでしょう。エリさんもいませんし。なんで子ども2人で旅なんかしてるんです?」


ポットの中でお茶の濃い茶色がゆっくりと揺らめきながら広がっていきます。


「なんだ。分かってたのか。エリに聞かせたくないってこと。」


アヒトさんはお茶を苦笑いしながら受け取りました。


「隠しても意味ないし、あんたはいい人そうだから言っても良さそうだな。簡単な話だよ。両親の遺した借金から逃げてんのさ。」


諦観、この言葉は彼のためにあるのではないかと、思いました。それほどまでに乾いた悲壮を醸し出していたのです。


「逃げている、と言うと文字通り?」


「うん。金を借りた相手が悪かった。捕まったら、何をされるか分かったもんじゃない。俺は良いよ。炭坑でもなんでも一生働いてやるさ。でも、エリだけは逃がしたい。奴ら、言ったんだよ。エリぐらいの歳の女の子は貴族に高値で売れるんだと。」


「それは、」


「考えたくもないだろ。」


満たされても求め続ける強欲はそれほどまでに人を腐らせるものなのでしょうか。


「冬の旅はきついでしょう。春になるまでここで待つことをお勧めしたいのですが、どれくらいここに滞在出来るんですか?」


「分からない。」


アヒトさんはお茶の水面をじっと見つめて言いました。


「今後の展望、と言うか目的でも希望的観測でも良いんですけど、何かありますか。」


「分からない。」


「いつまで....旅を続けるんですか」


「.....分からない。」


重く沈んだ顔にそれ以上の問いは耐えられないように見えました。

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