ギデオンと盗賊団

私の父、ギデオンは傭兵でした。この地方の八つの主要都市を結ぶ街道の警護が主な仕事で、いつも街道を仲間達と巡回しながら各都市の自治組織からお金を貰っていました。母は産後の肥立ちが悪く、私が二つになるときに他界しました。そのため私は物心が付く前から父の馬に乗せられてあらゆる都市を行き巡っていました。大体一年で全ての都市を回り、一月ほどの休養はいつもナランチャで過ごしました。なので、ジェシカさんやイムラとの再会が待ち遠しかったものです。あっ、ナランチャというのがジェシカさん達のいる街の正式名称なんです。話を戻しますね。母はいなかったものの十人ほどの父の仲間達がいつも遊んでくれました。剣の腕が一流で都市に立ち寄る度に女性に言い寄られていた男前のアモスと、男性でもきつい仕事を女性ながら淡々とこなすリンは、こっそりおやつを買ってくれたり、おもちゃを作ってくれたりと特に私のことを可愛がってくれました。

とても楽しい毎日でしたが、山賊や追い剥ぎを相手にすることもある仕事なので幼い私を連れてリーダーとして皆を導く父の重責はどれほどのものだったでしょう。事実、父は私の頭を優しく撫でるときですらいつも眉間に皺を寄せていました。幸いにも、父達の傭兵団の強さはよく知られていたので、事を荒立てようとする輩は殆どいませんでした。でも、一度だけ危ない目にあったことがありましたね。確か、東のイーリスに行く途中のことでした。父は薙刀を使うことが多く、薙刀では不利な場面に備えて二振りの脇差のようなものを腰に下げていました。曰く、


「林の中で剣を振り回したら木に刺さって抜けなくなり死にかけた。」


だそうです。イーリス周辺は森林地帯で見通しが悪く、追い剥ぎの被害が多かったところです。夜の見張りの時、私は父に教わりながら焚き火の明かりを頼りにフェザースティックを作っていました。父のフェザースティックは火付けに使うにはあまりに綺麗で、私はいつも一つはカバンの中にしまっていました。私が熱中して作っていると、父はするりと音もなく立ち上がりました。あまりに自然な動作だったので動いたことにすら気付かないほどでした。その直後、地滑りかと思うほど大きな声を森に轟かせました。


「我は傭兵団の長、ギデオンだ。話があるなら聞こう。そうでないなら即刻立ち去れ!さもなければその首を落とす!」


びりびりと空気が震え、私は混乱のあまりに硬直していました。父は薙刀を振るって近くにあった若木を真っ二つに両断すると、かさかさと何処かの茂みが揺れて気配が一つ二つと消えて行きました。何かがいなくなってぽっかりと空いた気配で初めてそこに誰かがいたのだと気付きました。私は暗闇の向こうが急に恐ろしなって泣きはじめると父が言いました。


「いつだって守ってやるから、安心しろ。」


その手は薙刀を振るってできた豆でゴツゴツとしていましたがとても大きく温かいものでした。


父は幼い頃から私に訓練を施しました。仕事を継いで欲しいという理由もありましたが、父なりのコミュニケーション手段だったのかもしれません。傭兵団にはあらゆる武器の使い手がいましたので、大概の武器は使いこなせるようになりました。事実、真剣を初めて持ったのは読み書きが出来るようになる前です。そんな特殊な環境で育ちましたが、追随するキャラバンの子供達と遊んだり、とある街の女の子に恋をしたり、毎日が新鮮で光に満ちていました。何よりも街道を歩きながら感じる四季の色合いや香りを空気を私は愛していました。幸せな子供時代でした。



あれは13の春のことだったでしょうか。南の諸都市で盗賊団が発生しました。何処かの囚人が集団脱走をして盗賊団を結成し、諸都市で強奪を繰り返しているということでした。都市の中には警吏がいるので我々の仕事はありませんが、その外で起きたとなれば話は別です。他の傭兵団との話し合いの結果、父が巡回ルートを一時的に外れ、盗賊団の討伐を行うことになりました。ギデオン傭兵団と呼ばれた父達の実力は本物で、猟犬のように盗賊団を探し出すとすぐに殲滅しはじめました。父が馬に乗り薙刀を振るう姿は命を糧に生きる死神のようで身震いするほどの怖ろしさと同時に、浮き立つような興奮を覚えました。私は遠くから増援が来ないように見張っているだけでしたが、いつか父達のように勇ましく戦いたいと憧れの気持ちを抱いていました。結局、父たちの二度ほどの夜襲で盗賊団は半数以上が命を落とし、その数は30人ほどに減りながらも父達の追撃を恐れて北に逃げて行きました。そしてついに北の果て、つまりナランチャ周辺に着きました。


まだこのときは、旅の終わりが近付きつつあるとは思ってもいませんでした。

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