お父さんと秋の夜長
「昼間からお酒ですか?」
「いいの、いいの、今日休みだし。」
と、アロンソさん。
「こっちは暇だし。」
と、イムラ。
「昼は営業してねぇって何回言えば分かるんだよ。俺は忙しいんだぞ。」
かささぎ亭の主人は不満そうに呟きました。イムラが強引に押し入ったかささぎ亭に呼んだ飲み友達というのはアロンソさんのことだったようです。変なのが二人揃ってしまいました。
「今日のサラちゃんのツンデレ聞きたい?」
イムラが鼻息荒く喋る様子はなんとも見苦しいです。
「結構です。」
「あのきつめの美人か。聞きたいね。」
「今日は湯呑みを投げられたわけなんだけども...」
談笑する二人を見る限り、随分馬が合うようです。似たもの同士なのかもしれません。私はお茶を啜りながらイムラとアロンソさんのやり取りを眺めていました。お互いがてんでばらばらの会話をしているのに、ある瞬間に偶然会話が噛み合うのです。まるで手品を見ているようで飽きがきません。
「そういえば、親方の娘さん可愛いな。」
なんの弾みか、アロンソさんがそう言った瞬間にイムラの表情がピタリと止まりました。そういえば昔、イムラはジェシカさんから犬以下の扱いを受けていたのでした。私は辛うじて人権がありましたが、イムラは理由なく蹴られることもしょっちゅうでした。
「たまんないよなー。快活そうで、優しいし、気が利くし。お前ら、幼馴染なんだろ?羨ましい。」
アロンソさんが遠い目をして溜息をつきました。
「いやいや。あんなビッチやめとけって。あれはどうしようもない女だぞ。横暴が人間の形しているようなもんだ。」
同意出来る点は幾つかあります。
「うなじがね。良いんだよ。うなじがさ。」
アロンソさんの耳には届きません。
「でも、イムラもジェシカさんのこと好きだった時期あったじゃないですか。」
「やめろよ!過去のことをほじくり返すな!」
「おっ、その反応はフラれたか?」
それから暫くイムラの恥ずかしい過去をつまびらかにした後、話題はアロンソさんの職場の話になりました。
「親方は良い人だな。仕事には厳しいけど晩飯誘ってくれたり、住むとこの世話してくれたり。まぁ、将来お父さんと呼ぶことになるだろうし!」
「そんときは棺をプレゼントしてやろう。」
「ジェシカさんにはメリケンサックですかね。」
その言葉にイムラはツボに入ったのか気持ち悪い引き笑いをしながら机を叩いています。その向こうでアロンソさんは不思議そうな顔をしています。
「おまえ、幼馴染なのにジェシカさんって呼ぶんだな。イムラはイムラなのに。」
「癖みたいなものですよ。」
「こいつそういう奴さ。お前に決闘でボコボコにされるような優男だからな。」
「待て、今その話は止めろ。」
イムラの合いの手でアロンソさんの追撃を免れました。無神経な奴ですが妙なところで気が利くのです。まだ気を遣われているのだな、と思いました。口には出さなくとも、言いたいことも聞きたいこともあるでしょう。彼の周りに人が集まるのは偶然ではないのだなと思いました。
それからクロエさんを迎えに行き、家に帰るとあたりが暗くなってきました。暑いとはいえ、もう秋なのです。日が沈み始めるとあっという間です。
「お仕事はどうでしたか?。」
「なんとかやっていけそうだ。」
その声には張りがなく夕食を食べているクロエさんはひどく疲れているように見えました。慣れない環境に緊張したのでしょう。お風呂から出てくるともう眠気が限界のようでした。
「シモン。もう寝るぞ。」
「はいはい。」
洗い物を中断して濡れた手を拭き、一緒に部屋に行きます。クロエさんはベッドに入ると、右手だけを掛け布団から出すので、私は椅子に座ってその手を握ります。ただ、待っているだけなのも勿体無いので読書灯で手元を照らし、今月の報告書を書きます。今日の出来事は悩んだ挙句、主にイムラの職務中の飲酒に重きを置いたものにしました。我ながら上出来です。きっとサラさんに叱られるでしょう。報告書の分厚い紙の束を閉じても、まだクロエさんは眠っていないようでした。私は読書灯を消し、安楽椅子の上で時間が経つのを待ちます。夜になるとだんだんと冷え込むようになりました。今日も、膝掛けを持参して長丁場への準備は万端です。クロエさんは寝られないのか、何度も寝返りを打っています。手を繋いだままなので、姿勢も限られます。
「すまんな。なんだか寝付けないんだ。もういいぞ。」
「大丈夫ですよ私は。それに時間が掛かっても夜中に魘されるよりはよっぽどいいですよ。」
体を動かした疲れと違い、緊張による疲れで目が冴えてしまうのでしょう。寝なければと思えば思うほどに寝られないというのはよくあることです。疲れているのに寝られないというのは辛いものです。そしてクロエさんもその例に漏れず、もぞもぞと体勢を変えながら眠気を待っています。しん、と辺りは静かに冷え草木も眠る頃になりました。
「クロエ。もう寝ました?」
返事があるまで待っていると
「ごめん。」
寝たふりが看破されていることに気付いたようです。
「じゃあ、気分を変えましょう。このままでは二人とも徹夜です。そうですね、本ならいくらでもあるので読み聞かせでもしましょうか?」
クロエさんは寝返りを打ってこちらに向くと
「子供じゃないんだから」
と呆れ顔で言いました。どうしようかと悩んでいると、一陣の風が私の部屋の外し忘れた風鈴を撫で、窓の外のすすきを揺らしました。心地よい季節です。私は目を閉じて椅子に背を預けました。
「では、秋の夜長にぴったりの話をしましょうか。つまらない話なのですぐに寝られること請け合いです。」
クロエさんは興味をそそられたようで私の顔が見える位置に体を向けて続きを待っています。そんなに面白い話では無いので、聞き流すくらいがちょうど良いのですが。まぁ、いいでしょう。
「私の父、ギデオンは傭兵でした。」
目を閉じて話したのはクロエさんの顔が見られなかったからです。
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