リュックサックとクロエ

「クロエさん、こんなに一杯必要なんですか?」


「必要だ。文句言うな。女の子の荷物は多いものだ。」


大きなリュックサックにパンクしそうなほど洋服を詰め、さらに手提げにも入っています。もちろん全てクロエさんが着るためのジェシカさんのお古です。朝食のときにクロエさんは私の方で引き取ることにしたと言うと、親方達は驚いた顔をしたものの、すぐに納得してくれました。クロエさんの髪で三つ編みを作っていたジェシカさんは


「なら、使わない服全部あげる」


と言うと、山のような服を綺麗に畳んで私のリュックサックに詰め込みました。


「また、遊びに行かないといけませんね。ジェシカさん、別れ際に何か言ってました?」


「むさ苦しくて嫌気が差したらすぐにこっちに来いと言ってたな。私が朝起きて居なかったら、お前に嫌気が差したということだ。私を幻滅させないように気を付けろよ。」


クロエさんがいたずらっぽい笑顔で私の反応を伺っています。


「私は別にそれでも一向に構わないんですけどね」


とは言いません。笑顔で応じます。大人ですから。


「ちょっとイラっとしただろ。」


「そんなに観察しないでくださいよ。」


家に帰る道程は登り坂が多いので疲れます。まして、何にも持っていないクロエさんが周りをうろちょろするので尚更です。


「そういえば、これ返すよ。ファッションとしてはありだが、私には合わん。」


クロエさんは被っていたハンチング帽を脱いで私の頭に輪投げの要領で投げました。ぎりぎり落ちない程度に引っかかりました。ハンチング帽を脱ぐと綺麗に編まれた亜麻色の髪が肩に垂れました。


「綺麗な髪ですね。貴族みたいです。」


クロエさんはにひひと笑いました。


「そうだろう!私の誇りなんだ。この綺麗な亜麻色は母親譲りなんだそうだ。髪の手入れだけは欠かしたことが無い。」


三つ編みのことを言ったんですけど、嬉しそうなので良いことにしましょう。坂道を登り切って平坦な道に出るころには落ち着いてようで、静かに歩いていました。ふと先を歩いていたクロエさんが止まって振り返りました。私もそれに合わせて止まります。


「そうだ、お前に聞こうと思っていたことがあった。」


「なんですか」


少し思案顔になり、言葉を選んでいるようです。


「その、もしかして、お前はジェシカ達のことがあまり好きでは無いのか?」


思わぬ質問にまじまじと顔を見つめてしまいました。


「そんなことありませんよ。親方達には恩以上のものを感じています。どうしてそう思ったんですか?」


「いや、だって、家族同然という割にはお前の言葉遣いは固いし、ジェシカにはさん付けだし。距離を感じてな。」


一瞬、視界の端に河川敷の風景が見えましたが、その方向を向くと既に消えていました。


「単なる、癖ですよ。嫌でした?」


うっ、とクロエさんは言葉に詰まりましたがすぐに立ち直りました。


「嫌とは言わんが、見ていて変だ。とりあえずさん付けぐらいはやめたらどうだ?」


「そうですね。意識はしてみます。」


「そんな程度では駄目だろう。そうだ。わたしが練習台になってやる。これからはわたしのことはさん付けで呼ぶなよ。」


ああ、これが言いたかったのですね。回りくどいですが、それはそれで可愛らしいですね。思わず綻んだ顔を引き締めて、キリッと大人の風格でクロエさんの目を見ました。


「分かりましたよ。クロエ。」


「なんか顔が濃くなったぞ。」


もう少し歩き続けるとようやく芋畑が薄っすら見えてきました。我が家です。




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