花札とウインク

「ほおれ、ご開帳!」


ジェシカさんがクロエさんを連れて下りてきました。


「可愛らしいじゃないか。」


「小さい頃のジェシカさんみたいですね。」


ショートパンツにTシャツという出で立ちはまさに子どもの頃のジェシカさんそのものです。確か蹴りやすいからとか言う理由で履いてた気がします。


「まずはあたしの趣味からね。次は母さんが私に着せたかったやつを着ようね〜。クロエっ。しっかし見てよこの細い足。ちゃんと飯食ってんのかこの子は?ほれほれー」


と言っていやらしい手付きでクロエさんの太ももを撫でています。なんでこんなにおっさんくさい娘に育ってしまったんでしょう。クロエさんは硬直して顔を真っ赤にしています。多分、苦手なタイプなんでしょう。


「飯と言えば、昼飯まだだろ?冷めちまったけど、食べなよ。腹減っただろ。もう、ちょっとすれば晩飯だけど。」


親方が気を利かせて、作り置きしておいた炒飯やらを台所から持ってきました。


「そうだったな。どっかなアホに待ちぼうけ食らったんだもんな。」


と言ってばちこんと私の後頭部をジェシカさんが叩きました。不意打ちだったので少し眩暈がしました。


「どう?美味しい?」


奥さんがニコニコと聞いています。


「はい。美味しいです。」


クロエさんの傍若無人なあの態度はどこに行ったのでしょう。ナイフを持ったあのときと同じ人には見えません。ジェシカさんはクロエさんが食べ終わるのを奥さんと同じ笑顔でニコニコと見守っていて、また何か言い出そうとしているようでした。


「あたし、夕方から仕事だからさ。クロエちゃんと遊べるのそれまでなんだよね。」


「ジェシカさん、何処で勤めておられるんですか?」


「かささぎ亭。」


この街の数少ない呑み屋です。前は昼間に会議をしていましたが、普段は夕方からしか店を開けないのです。


「だからさ、それまで花札やろうと思って。クロエちゃん、花札やったことある?」


「いえ、無いです。」


そういえば、ジェシカさんは花札がとてつもなく強いのです。駆け引きがうまいのか分かりませんが、一時期は近所のおじさん相手にお小遣いを10倍以上に増やしていました。


「じゃあ、教えてあげよう。シモン、あんたもやんのよ。」


「賭けは無しですよ。」



クロエさんは役を覚えるとすぐにコツを掴んだようで、酔っ払った私と親方は徐々に黒星を増やしていきました。


「面白いでしょ!」


「うん!面白いな!」


勝つたびにきゃあきゃあと黄色い声を上げて喜ぶ二人はまるで姉妹のようでした。


「お金を賭けたらもっと面白いんだぞ。」


「ジェシカさん、変なこと教えないで下さい。」


「わたしに負けるのが怖いんだろ?シモンは!」


と、クロエさん。緊張も解けてきたようで、私に対する態度は随分大きくなってきました。


「クロエさんが初給金を貰ったらお相手しますよ。結局、市長のところの書類整理で決まりましたか?」


「うん。毎日はやることが無いが月末には働かせてくれるそうだ。給金も弾んでもらえそうだ。しかし、あの市長というのは失礼な男だな。ほい。四光。」


「強いですねぇ。お金賭けなくて良かった。何か変なこと言ってましたか?」


「わたしが部屋に入ったら、「今、僕は綺麗なボインちゃんを待っているんだ。君のようなジャリにかまっている暇は無いのだよ。」って言われた。」


私は一言もグラマラスな美女が来たなどと言ってないのですが、彼は思い込みが激しいのでそんなことになるだろうとは思っていました。


「いい奴なんですよ。たまに。ところで、クロエさん、月末の給金だけではすぐに装備を整えるのは難しいのでは?」


「そうなんだ。他の仕事も探した方が良いだろうか。」


ジェシカさんが本題を切り出してくれないかなと横目で見ましたが、「お前が言えよ!」といった表情で顎をしゃくっています。言いにくいですが、今が一番良いタイミングの気がします。


「実は、クロエさんとお話ししようと思っていたことがあります。」


急に声のトーンが変わったことに不安を感じたのか、眉がぴくりと動きました。


「なんだ?」


「単刀直入に申し上げますと、今シーズン中にクロエさんが準備を完了させて出発するというのは不可能だと思います。秋になれば、谷を閉めることになるのでもう一月ほどの猶予しかありません。それまでにお金を無理して掻き集めても、谷に下りる体力は残されてないと思います。」


私はじっとクロエさんの目を見て話しました。その感情の揺れを見逃すまいと。親方は聞いていないふりをして爪を切っていますが、ジェシカさんは心配そうに私たちの顔を交互に見ています。クロエさんの大きな黒目は私の話に動揺を感じたようには見えませんでした。ただ、私の言葉を聞き漏らさないようにしっかりと見開かれています。クロエさんの反応が分からずに、私は乾いた唇を舌で湿らせました。奥さんも台所で話を聞くために料理の手を止めたのかこの家に一瞬、澄んだ静寂が訪れました。


「そうか。それなら仕方ないな。」


クロエさんはただ残念そうに手元の花札に目を落としました。


「いいんですか?出発は来年になるということですよ?」


クロエさんが不思議そうに見返します。


「そんなの分かっているに決まってる。元々、そうなるのではないかと思っていた。予定よりもここに着くのが大幅に遅れたし、関所はあるし、予想外のことが起き過ぎた。それに、」


クロエさんが肩の力を抜きました。


「今まで張り詰めていたから分からなかったが、わたしはもうクタクタだ。安心したら色んな疲れがどっと出てきてしまった。すぐに発つ気力は正直ないよ。」


ホッとして私とジェシカさんは顔を見合わせると、嬉しそうにウインクしてきました。なんかぎこちないですけど。


「そうですか。それなら私も安心できます。では来年の出発までこちらのジェシカさんのお宅に居候させてもらうのは如何でしょう?役所も近いし便利だと思いますよ。」


「あ、え、そうか、うーん。そうだな、」


うん?どうしたのでしょうか。クロエさんが目を泳がせながら返答に窮しています。私は快諾すると思い込んでいたので、一体何を迷っているのか分かりませんでした。


「少し、考えさせてくれないか?」


「ええ、構いませんよ。」


私は爽やかスマイルで応じましたが、内心は少し混乱していました。何と何で迷っているのでしょうか。他に選択肢は無いように思えますし、ジェシカさんとの相性も大変良いように見えます。もやもやとした思いを抱えながら、ぬるいビールを口に運びました。

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