牛とシエッスタ

「この牛の名前は?」


「無いです。」


「可哀想だろう。名前くらいつけてやれよ。」


「情が移ったら食べられませんよ。」


牛さんは自分が食べられる云々という話をしてももぐもぐと変わらずに反芻しています。


「この牛の世話をお願いしますね。餌は藁です。たまに外に連れ出して野草を食べさせたり水を飲みに行かせたりします。やり方は教えますからお願いしますね。」


「今朝、お前が飲んでいたのはこの子の乳か?」


「こいつ雄です。この子って言ってもじいちゃんですよ。」


「そうか。可愛らしいな。」


クロエさんは愛おしげに牛の顔を撫でています。牛は我関せずともぐもぐしています。やっぱり、女の子には赤ん坊か動物の効果がてきめんですね。


「糞をしたら堆肥置き場にこのスコップで捨てに行って下さい。餌をあんまり食べないときはこの酸葉を混ぜるとよく食べます。」


「分かった。他にやることは?」


おや、そんな台詞を言うとは意外です。


「そうですね、今は特に無いです。私寝てくるので、起きたらまた言いますね。多分お昼ごろですけど。」


「ああ。分かった。水は外の井戸から汲み上げればいいな。ところで、堆肥置き場というのはどこだ?」


「それなら、今朝、クロエさんを落とした雑草の山が、」


ハッと言っている途中に気付きました。


「お前.....それは本当か。」


怒りで顔が引き攣っています。


「ええと、大丈夫ですよ。牛のうんちって案外臭くないというか.....眠いんで帰りますね。」


後ろを向いた瞬間に腰の入った蹴りをお尻に喰らいました。自分の部屋に戻るとお尻がひりひりするのでうつ伏せで寝ました。ほんと痛かった。


少し仮眠を取るともう昼です。普段一人のときは、ご飯を作るのが億劫で抜くこともありますが客人が来てはそうもいきません。育ち盛りでしょうし。去年作ったバジルのソース(ペストソースにするにはにんにくが足りなかったのでそう呼んでいます。)を予め瓶ごと水で冷やしておき、茹でたパスタと混ぜれば冷製バジルパスタの出来上がりです。簡単そうに聞こえますが、バジルのソースを作るのに掛かった手間を考えればお気軽とは言えない料理です。私はかなり好物なのですが、お口に合うでしょうか。


「どうですか?」


「ん。」


「美味しいですかね?」


「ん。」


まぁ、お年頃ですから。しょうがないですね。怒りませんよ私は。大人ですから。しっかりと平らげたところを見る限り、不味くは無かったのでしょう。


「午後の予定ですが、」


「ん。」


「暑い時間帯は避けたいのでお茶をした後、お昼寝です。」


「また寝るのか、お前。」


「知らないんですか?この時間帯の休憩をシエッスタと言うんですよ。少し涼しくなったら、色々作業しましょう。虫は触れますか?」


「触れるが触りたくない。」


「触れるんですね。それなら良かった。ジャスミンティーかカモミールティー、どちらにしますか?」


「私は...そうだな...コーヒーをブラックで。」


キメ顔で言われてもそんなんありません。あ、でも、作ってしまいましょうか。



「なんだそれは」


「タンポポです。これでコーヒを作ります。」


道端に生えていたタンポポを20本ほど土付きで抜いて、その根っこを金だわしで洗います。


「本当にコーヒーになるのか?」


「私も初めてやります。」


しっかり洗った後、細かく刻んでオーブンに入れます。本当は天日干しするらしいのですがそんな時間無いのでオーブンで時短です。


「なぁ、それはいつ頃出来るんだ?」


「一時間ちょっとでからからになると思います。その後にすり鉢で砕いて、」


「もう、ジャスミンティーで良いぞ。」


「そうですか。」


確かに、コーヒー作っている間に休憩が終わってしまいますね。お茶を飲んで一息ついたからか、クロエさんの目がとろんとしてきました。思えばまだ半日しか経っていないのですね。


「眠いのでしたら、もう泊まって頂くお部屋を案内しますね。どうぞこちらに。」


「ああ。頼む。」


「キッチンから延びる廊下の最初にあるのは私の部屋です。それでその斜め向かいの部屋が客人用です。突き当たりがトイレです。お風呂と洗面所はキッチンから、ってもう知ってますよね。部屋にはベッドくらいしかありませんけど、クローゼットの扉の裏には姿見があります。鍵も付いてます。私の部屋にもありませんよ。ベッドメイキングとかは自分でやって下さいね。キッチン等も好きに使って良いですから。」


クロエさんは客人用の部屋の前でじっと立っています。こちらに背中を向けているので表情は読めません。何か気に入らないことでもあるのでしょうか。


「なぁ、本当に後で金を取ったりしないんだよな。」


神妙な声音で問うてきます。


「別にクロエさんが望むなら厚意の寄付でもなんでも受け取りますよ。酒代にしますから。」


ふふっ、と少し笑いが漏れたようでした。


「そうか。安心したよ。ありがとう。」


そう言うとそそくさと部屋の中に消えていきました。なんだ。ちゃんとお礼が言える子だったんですね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る