ナイフと匂い
「離せ!触るなよ!離せって!」
肩に担いだ亜麻色フードさんの甲高い声が耳に痛いです。じたばたと暴れますが、心配になるほど軽いのでいくら暴れてもどうにか歩けます。
「だって、下ろしたらまた逃げるじゃないですか。」
「お前には関係ないことだろう!そもそもお前臭いんだよ!汗臭い!下ろせよ!」
臭いと言われるのはやっぱり少し傷付きます。ちょっと下ろそうかとも思いましたが、精神攻撃の一種なんだと気付いてやめました。と言うか、この子も結構汗臭いです。なんか青臭い草の匂いも合わさってそこそこな臭いを発してます。
「だから、小屋に着いたら下ろしますから。ほら、もう見えるでしょう。」
ほら、と小屋の方を見せるとこれまでになく激しく暴れ始めました。
「ふざけるな!下ろせ下ろせ下ろせ下ろせ!やめろ!頼む。もうやめてくれ!私が何をしたって言うんだ!これじゃああんまりじゃないか!頼む。もう勘弁してくれ。やっとここまで来たんだ。」
なぜか涙に声を滲ませながら懇願してきます。訳がわからず混乱しましたが、あんまりに暴れて危ないので、雑草の積み重ねてる堆肥置き場に落としました。
「あうっ」
亜麻色フードさんは柔らかい雑草の山に埋れました。
「良いですか?そんな穴の空いた靴でどこに行こうって言うんです?そんなぼろぼろの服で何をしようって言うんです?どんな事情があるか知りませんがそんな状態の方を通すわけには行きません。別に行くなと言うわけじゃないんです。ただ、行くならそれなりの準備をしてからでないと許可できないと言うだけの話なんです。あなたのような少女をむざむざ死なせるようなことは出来ません。あなたに死んで欲しくないんです。谷に下る覚悟があるならお手伝いしますからせめて準備を整えてからにしてください。それも駄目ですか?」
亜麻色フードさんは雑草の山に落とされたままの格好でじっと私の目を見ています。かなり長い間、睨み合いが続きました。
「ん。」
無愛想に手を突き出してきましたが、どういう意味でしょう。
「立てないから起き上がらせてくれ」
ああ、そういう意味でしたか。私はぐいと手を引き立たせ差し上げます。
「私の提案には納得頂けないでしょうか?」
体に付いた枯れた雑草を払うだけで、返事がないのでもう一度尋ねました。亜麻色フードさんはナイフのような目つきで
「嫌だ。信用出来ない。」
と応えました。
「そうですか」
今年最も長い溜息が出ました。
「じゃあ、これならどうですか。」
私はさっき押収したナイフをポケットから出しました。亜麻色フードさんは問うような目つきでそれを受け取りました。
「信用出来ないなら、それを持っていて下さい。もし私が嘘を付いたならそれで刺してください。これならどうですか。」
私としては何にもしてないのに刺されそうで本当に怖いですがこれくらいしないと駄目そうです。随分と長い間、迷っていましたが
「分かった。それならいいだろう。だが、私に妙なことをしたらすぐに刺すからな。」
ぶっきらぼうに言い放ちました。
「分かりましたよ。」
家に向かうとき、後ろが怖くて股間がスースーしました。
◆
「じゃあ、まだ早いですけど朝食にしましょうか。」
あと一時間くらいで夜明けでしょうか。結局寝られなかったです。
「座って待っていて下さい。ええと、何とお呼びしましょう?」
「クロエだ。クロエ・アーカナム。お前にアーカナムと呼ばれるのは不快だ。特別にクロエと呼べ。」
「クロエさんですね。私はシモンです。東文字だと士紋です。」
名字を持っているとは珍しい、と思いましたが多感な時期です。貴族に憧れて自分で考えちゃったりしたのかもしれません。あんまり触れると可哀想なのでスルーしました。それよりも言葉に独特のイントネーションがあることの方が気になりました。
「ご出身はどちらですか?東の山地ですか?」
むっつりと黙ったまま何も応えません。会話にならないので朝食作りに専念しました。養鶏場のおばさんから貰った卵でスクランブルエッグと、ししとうの炒め物、そしてもちろんライ麦パンです。この一斤で去年採れた分は全部食べ切ることになります。
「どうぞ」
クロエさんは朝食の皿を見ると無表情を装いながらもごくりと喉がなっていました。
「たくさんありますのでおかわりして下さいね。」
「分かった。」
クロエさんはよほどお腹が減っていたのかものすごい勢いで皿を平らげていきます。これだけ清々しく食べてくれると作り甲斐があるというものです。結局パンを四枚食べて、スクランブルエッグは私の分も食べました。
「お腹は一杯になりましたか。」
「ああ。なった。それで谷を抜けるにはどうすればいいんだ。」
ありがとうとか言わないんだ、と思いましたが口には出しません。私は大人ですから。
「その前にお願いがあります。」
クロエさんは眉を寄せました。
「何だ。言ってみろ。」
「あのですね。お風呂入って頂けますか。」
その言葉にクロエさんの顔はみるみる紅潮し椅子を立って怒鳴り始めました。
「やっぱり!貴様、一食の恩で私を買おうというのか!ふざけるな!これは先の約束の反故ではないか!女だからと足元を見たな!恥を知れ!この外道が!」
なんでそこまで言われないといけないんでしょう。少しカチンときました。
「いや、勘違いしないで下さいよ。あなたみたいな子どもに誰が。」
「こ、子ども?」
「そもそもね。臭いんですよ。結構臭いんですよ。汗の匂いと草の匂いが混ざって強烈なんですよ。それにそんなに気になるんなら鍵閉めればいいでしょう。風呂場にも洗面所にも鍵ついてますから。」
「そ、そうか」
いきなりシュンとしました。
「そんなに臭ったか?」
「まぁ、くっっさいですよね」
「それはあれだ。その、」
ちょっと言い過ぎたでしょうか。でもおてんばそうなのでこの程度では傷付かないでしょう。
「それは本当にすまなかった。」
やっぱり言い過ぎたかもしれません。
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