アロンソさんとオリーブ

アロンソさんと木刀を持ったまま向かい合い、アロンソさんは剣先をゆらゆらと挑発するように揺らして間合いを保っています。


「怪我しても知らねぇぞ。」


「当たらないので大丈夫です。」


踵に丁度良い大きさの石が当たりました。悟られぬように石に踵を乗せてスターター代わりにして、一気に間合いを詰めます。アロンソさんは私が急に間合いを詰めたのに驚き、腰の入っていない突きを繰り出してきました。予測どうりの動きだったのでその遅い突きを躱して、片手でアロンソさんの木刀を掴みます。アロンソさんは反射的に木刀を引っ込めようと力を入れたので、その引いた力を補助にアロンソさんの鳩尾に膝蹴りを叩き込みました。 


「あぐっっ」


昼食を食べていないので、口から垂れるのはだらりとした胃液だけです。私は間合いを空けて、治まるのを待っていました。


「おまえ、素人じゃないだろ。単なる町民が剣を習うとは思えんが。」


アロンソさんは口を拭いながら呻くように言います。


「昔取った杵柄です。」


にやりとアロンソさんが笑います。


「ほら。自分のことはいいやしねぇ。」


言い終わらないうちに上段から打ち込んできました。随分とおお振りです。軽くいなして今度は脇腹に蹴りを入れました。


                 ◆


アロンソさんは太腿への膝蹴りが効いたのか膝立ちのまま呻いています。


「なんで、木刀を使わない。」


アロンソが睨みながら問います。


「必要ないからです。アロンソさんが真剣を持っていても私には勝てないと思います。それに使っているのは左脚だけです。」


アロンソさんは長いため息をつき、体を地面に投げ出しました。


「ああもう。分かったよ。俺の負けだ。負け。あーあ。」


私も構えを解きました。たっぷりと太った穂をもたげたライ麦が風にそよぐ音が聞こえます。さらさらと涼しげです。


「アロンソさん。」


「なんだよ。」


私は乾いた唇を舌で湿らせて、口を開きます。


「実は、私の父は、」


「やめろやめろ。」


アロンソさんが遮ります。


「別にお前のことなんか聞きたかねぇ。話したくないなら話さなきゃいい。それに、お前が話したら俺も話さないとフェアじゃない。だから聞きたくない。」


「そうですか。分かりました。立てますか?」


「なんとか。いてぇけど。」


「肩かしますよ。」


「じゃあ頼むわ。」


ひょこひょこ歩くアロンソさんに肩を貸したまま家の裏手に向かいました。アロンソさんは不審そうな顔をします。


「なんだよ。何かあんのか。」


「見せたいものがあります。」


私はオリーブの樹を指差しました。


「何本あると思いますか」


アロンソさんは目を凝らして答えました。


「あの遠くまで続いてるのもオリーブだよな。さぁ。100本位か。それがどうした。」


「全部で280本あります。この街では墓標代わりにオリーブの樹を植えるんです。これ全部」


一本の老樹の幹を撫でながら


「谷で見つかった人たちです。」


新しい3本の若木のことに思いを馳せます。


「そうか」


アロンソさんはしばらく黙ったままオリーブを眺めていました。くっきりとした陽射しが陰影をこと更に強調して樹齢以上の深みを醸し出し、銀色の葉の裏が不揃いな初々しさを放っています。オリーブの花はもうすぐ満開です。


「街でさ。なんか仕事ないかな。」


アロンソさんはオリーブを見つめたまま言いました。

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