会議と親方

「おお、シモン。久し振りだな。まぁ、座れよ。積もる話もあるしよ。」


猟友会の皆さんはもうだいぶお酒を飲まれたようで赤ら顏をこれ以上なく破顔させ、私を手招きしています。私は恐縮しながら端に座り、脱線しまくっている話し合いに耳を傾けます。3年に一度、底知れぬ深みに下って遺骨を拾いに行くという行事がこの街で始まったのがいつだったかは定かではありませんが、谷の底で孤独に朽ちていくのは余りに可哀想だというのは街の皆さんが共有している感覚です。もちろん、谷に下りるといっても入り口から1時間程度のところを捜索するだけです。それ以上となるとどれだけ人数がいても危険を伴ってくるからです。短い捜索範囲ですが、少なくとも3,4体の遺骨は毎回見つかります。見つかるのは角狼に襲われたあるいは途中から引き返して街に戻ろうとして力尽きたという方が多いです。屍漁りが巣に持ち帰った遺体も多いでしょうから見つかるのはほんの一握りです。本来であればそのような行事の話し合いは重たい空気が漂うものですが、この方達にかかれば即座に酒盛りに変わってしまうようです。やることといったら、連れて行く男たちを選ぶことと、日程を決めることだけなのですがもうこれで8回目の会議になります。いつまで経っても本題にかすりもしないまま、また一升瓶が空になりました。かれこれ3,4時間は呑んでるだけのように思います。肝心の内容はどうなったのかと尋ねると、返事の代わりになみなみに注がれた焼酎が帰ってきます。私は席を離れ、会議の場所を提供して頂いているカササギ亭の主人に尋ねました。


「今日が最後の話し合いと聞いてきたのですが、日程等はもう決まったんでしょうか。」


カササギ亭の主人は手巻き煙草をふかしながら呆れ顔で応えました。


「言っとくけどなシモン。そんなの3回目の会議で終わってるよ。てか、明日だぞ。聞いてないのか。」


驚きました。まさか議題もなしに5回も集まっていたのです。しかも明日かよ。


「一体なんの意味があるんですか。もう、話し合いでもなんでもないじゃないですか。」


「多分ねぇ」


主人はふうーと煙を吐き出します。


「呑みたいだけでしょ。昼間っからさ。」


もう帰ろうと決意しました。



 店を出ようと荷物をまとめているときに、ばしんと肩を叩かれました。


「よう。元気そうじゃないか。工房に顔ぐらい見せに来たってバチはあたらねぇぞ。」


小柄ながらがっしりとした体格の髪の薄いこの中年男性は私の前の仕事の親方です。びっくりするほど大きな声で笑う、元気な人なのですが3年前より髪が後退し、顔の皺が増えたことが年が過ぎたことを感じさせました。猟友会の方々と相当呑まれているにも関わらず飲酒の気配を微塵も感じさせないざるっぷりは変わっていないようですが。


「お元気そうで何よりです。お仕事はどうですか。娘さんもお元気ですか。」


私の問いかけに親方は顔をくしゃりと破顔させました。


「おうよ。あいつもうちの仕事手伝ってくれるような歳になってな。忙しいからよ。助かるけど。」


「そうですか。それはなによりです。」


親方は弟子入りした私を5年間で一人前にし、病気の父を世話する私をいつも気に掛けてくれた恩人です。仕事のときは大変厳しい方ですが、一人娘の話となるともうでれでれです。


「お前はどうなんだ。仕事は。」


「ええ。忙しいということはありませんが、慎ましく暮らしています。」


何が面白いのか親方はにやりと笑いました。


「相変わらず、堅ぇ言葉遣いだな。」


「性分なもので。」


そう応えると、どはっはっはと大きな声で笑いました。ひとしきり笑い終えると


「お前らしいや」


と呟きました。


「ところでよ、」


そう言いながら親方は耳朶を触ります。こういうときは何か心配事があるときです。


「もし、お前が良ければまたうちの仕事を手伝わないか」


一体何を心配しての発言なのか計りかねました。そんなに仕事が忙しいのでしょうか。


「お前がうちの仕事自体にそんなに興味がないのは知ってる。でも、今のお前の仕事は本当にやりたくてやっていることか。」


どうやら、親方が心配してくれているのは私の事のようです。私も十分いい大人なのに、この人にとっては私は16のガキンチョの頃から変わっていないのです。相変わらず優しい人だなと思いました。


「今の暮らしには満足していますよ。それにこの仕事も誰かがやらなくてはいけないものですし。」


「まぁ、それなら良いんだけどよ。」


少し黙って何かを逡巡しているようでした。


「気を悪くしないでくれよ。」


歯切れ悪そうに親方は言います。


「俺には、なんつうか、この街を避けているだけの気がしてならねぇんだ。親父さんが死んでよ。どうしたらいいか分からずにさ。それに、こんな言い方して良いかわからねぇが、お前さんの仕事はよ」


親方は、今までになく心配げな顔で言葉を選んでいます。


「死に近すぎると思うんだ。あんな境目に暮らしてたら、いつかおまえさんが底知れぬ深みに連れていかれるような気がしてならねぇ。」


何を言わんとしているかは分かりました。ですがうまく言葉に出来ません。


「ありがとうございます。考えておきます。」


そう言うのが精一杯でした。

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