畑仕事と騎士

Mr.甲冑、机の上に脱いだ甲冑、私、という構図に違和感を覚えましたが話を進めようと思います。


「谷に下りたいということですが、こちらで谷に降りる体力、知識、装備があるかどうか見極めさせていただきます。お食事と寝床はご用意致しますので、三日ほどこちらで宿泊してください。」


彼は甲冑の他にはズタ袋を一つ持っているだけです。あと、木の枝。十分な装備がないのは明白ですが、そのことを含めて説得のための三日間の期間です。それぐらいなら滞在しても良いかと思える短さと説得のための時間から経験上、三日が一番良いのです。ですが、ときおり了承せずにすぐに行ってしまう人がいます。この人も変な感じの人なので言うことを聞いてくれなさそうです。


「いいよ。いいよ。4日でも5日でも。どうせ暇だし。」


「じゃあ、5日にしましょうか」


やっぱり変な人です。簡単に自己紹介すると、Mr.甲冑も身元を明かしました。


「俺はアロンソだ。誇り高き家柄の三男で騎士になるべく祝福の帝都を目指している。」


「アロンソさんですね。もしかして騎士の家系なんですか?」


「両親は農家だが、俺の体の中には騎士の血が脈々と受け継がれている。なぜなら、私は捨て子だったからだ。多分。」


「なるほど。でも、なんでわざわざ祝福の帝都を目指さなければならないんですか。」


アロンソさんは覚えの悪い生徒を持った教師のようなため息をつきます。なんだか無性に腹が立ちます。


「騎士になるには姫君に正式な騎士として叙任してもらわないと駄目だろう。点々と小都市が存在するこの大陸では姫君なんておらんからな。祝福の帝都に行かねばなるまいよ。加えて、その道中の底知れぬ深みで魑魅魍魎を倒せば腕も上がるというもの。」


机の上に置かれた甲冑が邪魔で顔が見えませんが本人は至って真面目なようです。何かの拍子に気が触れてしまったんでしょうか。可哀想に。


「そういった事情でしたか。では、アロンソさんの適性を判断させていただきます。体力を見るついでに畑仕事を手伝って貰えますか。」


「構わんよ。何をすればいいんだ。」


せっかく人手が増えたので先延ばしにしていたこともやってしまおうと思います。


「ジャスミンの剪定で出たごみの処理、堆肥作り、それと害虫駆除ですね。バッタはまだいないんですけど、アブラムシが....甲冑は着なくてもいいんじゃないですか?」

     

                 ◆



「あのね、堆肥つってもそう簡単に出来るものじゃないよ。」


剪定したごみを片付け終えて木陰で休んでいるときに、アロンソさんは堆肥について語り出しました。


「ちゃんとした腐葉土にしようと思ったら年月はかかるし、たまに手入れもしなくちゃならん。」


興奮し始めたのか立ち上がって木の枝を教鞭のように振るい大袈裟な身振りで続けます。


「伐ったばかりの瑞々しい草木を入れるのが間違いなんだよ。一回太陽に晒して枯らしたあとでないと、発酵せずに腐敗するかもしれないよ。それにドラム缶より地面に穴掘った方が絶対良いから。ドラム缶だと虫寄りにくいでしょ。茎みたいな繊維質はね、そう簡単に分解されないからダンゴムシやらに喰って貰わないと時間かかってしょうがないよ。地面ならミミズも増えるし。そもそもね、いい腐葉土を作ろうと思ったらなんでもかんでも放り込んだら良いってもんじゃないよ。野菜くずならまだしも、食べ残しの肉とかなんて言語道断。だからほら。蛆湧いてんじゃん。動物性のもんを入れちゃ駄目。人によっては特定の種類の葉っぱしか使わないからね。うちのじっちゃんはクヌギの葉と米糠しか入れないよ。それでふっかふかになるから。」


言いたいことを言い終えたのか腰を下ろして水をぐいと飲み干します。


「お詳しいですね。さすがに農家の方は違いますね。」


私が率直な感想を言うと、アロンソさんは怪訝な顔をします。


「あんた、農家出身じゃないのか。」


「ええ。元はラマンチャの街で革なめし工をしていました。野菜を育てるのが好きで、庭先で少し育てていたことはあったんですけど、こんなに大きな畑はやっぱり勝手が違いますね。」


へぇ、と相槌を打っていたアロンソさんがいつの間にか小馬鹿にしたような目付きになっているのに気付きました。


「街で革職人をしている方が稼ぎが良いだろう。何で好き好んでこんな農家みたいなことをしているんだ。」


アロンソさんの目が攻撃的にぎらついています。どう答えたものでしょう。嘘はつきたくありませんが自分の来歴を話す必要もない気がします。


「父が死んで世話をする必要がなくなったから、ですかね。」


先を続けることを期待したのか暫くアロンソさんは黙っていましたが、私にこれ以上話す気がないことを悟ると


「そうか」


と言ってまた水をぐい、と飲み干しました。沈黙が続くのも嫌なので、言いそびれていたことを伝えることにしました。


「そういえば、明日の昼頃に街に上っていくんですけどアロンソさんも一緒に行きますか。」


「それって、ここに来る途中にあった街だよな」


 アロンソさんは寝そべった格好のまま目だけ動かして尋ねます。


「そうです。装備なんかも揃えた方がよろしいでしょう。」


「いいわ。やめとく」


 目を閉じて面倒臭そうに言います。


「装備も何も谷に下るだけだろ。それにあの街遠いし。鎧着て歩くと暑いんだよ。」


 だから着なければいいでしょうが。

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