黄昏時

いつの間にか雨は止み、去って行く雲に夕陽が当たり空一面が 赤く染まっています。マルクさんの静かな意志は私にはそれらの風景のように揺るぎないものに見えました。


「私はマルクさんの心中を察するにはあまりに未熟です。ですが、あなたのような素晴らしい人物に会えたことを心から嬉しく思います。」


マルクさんは照れて視線を逸らして地平線の方に移しました。そして何かを見つけてあっ、と声を挙げました。


「あそこに見えるのは、砂漠、ですか?」


私も地平線に目を移して赤い砂の大地を見つめました。


「ええ、最近では見えるあたりにまで砂漠が広がって来てます。」


そうですか、とマルクさんは小さく呟きました。


「言いますよね、世界は静かに死につつあるって。」


マルクさんはぼんやりと砂漠を見ながら続けます


「何かの最後と言うのは案外、劇的なものでは無くてこんな風に穏やかに迎えるものかもしれませんね。それならそれで幸せなのかなと、この場所に来て思えるようになりました。」


それは世界のことでしょうか、それとも。


「黄昏時が終われば夜が来ます。マルクさん、私にはそれが恐ろしくて堪りません。」


マルクさんは優しく微笑んで私の肩に手を置きました。


「若いからですよ。自分より大事なものが出来たらそうも言ってられませんよ。」


そう言うと小さな巨人は目を閉じて、暫く夜風に当たっていました。


荷物を念入りにチェックし書類のチェック項目を埋めていく。それを切れ目の暗い顔をした領主の使いが退屈そうに眺めていました。


「はい。最低限の物はしっかり揃っています。では次にこちらに出身地と仕事、年齢、名前、家族構成を書いてください。」


マルクさんは小さな丁寧な字で書類にサインしていきます。


「では、これで書式は整いました。こちら控えの書類です。では最後に保証金をお預かりします。戻って来られたときに返却致しますのでご心配なさらずに。」


マルクさんは困った顔で見返してきました。


「あのう、現金の持ち合わせが、」


領主の使いに視線を送りましたが露骨に逸らされました。マルクさんが懐を漁り、自動巻の懐中時計を取り出しました。


「これじゃ、ダメですか。そこそこの値にはなると思うんですけど。」


「構いませんよ」


普通の役所ではダメでしょうが、生憎この関所は私に一任されているので融通が効くのです。


「現金に替えたりしませんので、必ず現物を取りに戻ってきてください。」


マルクさんは何も言わずに微笑んで、私の掌に懐中時計を置きました。

今でも、忙しなく動き回る部品を眺めながらあの小さな巨人のことに思いを馳せます。いつまでも動き働き続けるこの懐中時計がいつか私の下を去っていくことを願いながら。


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