雨とブランデー
「これ、ほんとに生きてるんですか?」
マルクさんは萎びたサツマイモの穂を訝しげに眺めながら言いました。
「それぐらい萎びてる方が芋が甘くなるんですよ」
もちろん嘘です。昨日植え付けるつもりで置いていたものを水に漬け忘れて萎びてしまったのです。こういう妙な見栄を張ってしまうときに自分の小ささを感じてしまいます。でも、萎びていても芋は芋。サツマイモの生命力を舐めてはいけません。去年、戯れに挿し穂を一本花瓶に活けて見たのですが、枯れることなく冬を越えてついに今日に至るのです。もはや緑の葉っぱは先端が黄色に変色して、歴戦の戦士のように満身創痍ですがきっと甘い芋になってくれるでしょう。黙々とサツマイモを植え付け、あと少しで終わるという頃にぽつりぽつりと雨が降り始めました。慌てて切り上げ、ウッドデッキで雨宿りしていましたが雨はどんどん強くなっていきます。
「止みそうにないですね。」
マルクさんがぽつりと呟きました。確かに今日はもう仕事になりそうにありません。マルクさんが何事かと見つめる中、私は部屋の机と椅子をウッドデッキに並べました。
「農夫は雨が降ったら休みなんですよ。だから、休むなら」
どん、とウイスキーの瓶を机に置いて、グラスに注ぎながら
「本気でやらなくてはね」
今日一番の笑顔で言いました。
◆
「ほお、ワイン作りですか」
「ええ。去年始めたばかりなんです。まだ樽に寝かせてるので味は分からないのですけど。」
雨を眺めながらお酒を飲むというのもなかなかいいものです。マルクさんはお酒に強いようでぐいぐいとウイスキーを飲み干してゆきます。私は香りが好きなだけで、あまり強い方ではないのでちびちびと舐めています。
「美味しいワインにするのは難しいと言いますけどね」
そう言いながらマルクさんはショットグラスにとくとくと琥珀色の液体を注ぎます。
「まあ、失敗したらもっと蒸留してブランデーにしてしまおうかと。」
その言葉にマルクさんの手がぴたりと止まります。
「赤ですか?白ですか?」
「ええと、」
私は何を聞かれたのか分からずに口ごもってしまいました。
「失礼、赤ワインか、白ワインか、という質問です」
「ああ、そういうことですか。赤ワインです。白は果汁だけで作るとかなんとかって聞いたので、赤ワインの方が楽かなと思いまして。」
それを聞いてマルクさんはニヤリと笑います。
「知ってます?ブランデーは白ワインから作るんですよ。」私はびっくりして物も言えません。結構、ブランデー作りを楽しみにワインを作ってるところもあったのです。
「え、でも、赤ワインで作ったらいけないわけではないんでしょう。」
必死に食い下がります。
「出来ますよ。美味しくないですけど。」
「そんなぁ」
憔悴しきっている私を後目にマルクさんはわっはっはと豪快に笑っています。お酒の力もあったでしょうが 、こんな風に笑う人だとは意外です。
「お酒、詳しいですね。」
「ええ、妻が酒屋の娘でして、酒にうるさいんですよ。だから自然と詳しくなりました。」
「そうなんですね。」ことり、とグラスを置いてマルクさんの目を見て尋ねます。
「その奥さんを置いてきてよろしいんですか。」
一瞬の逡巡がマルクさんの瞳を揺らしました。少しの間が雨音が激しさを増したのを余計に意識させます。マルクさんはグラスに視線を落としてようやく語り始めました。
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