さつまいもと時計

「はぁ、畑仕事ですか。」


マルクさんは不思議そうに首を傾げました。体力を測定する、と言って連れ出したのは私のサツマイモ畑です。トマトやらの夏野菜はもう植え付けたのですが、サツマイモはもう少し暖かくなってから植え付けようと思っていたのです。


「ここの畑を耕すのはマルクさんにお願いします。私は隣の畑をやりますので。」


二本あった鍬の綺麗な方をお渡して、それぞれの作業に移りました。いつもなら牛に耕して貰うのですが、くびきが壊れてしまっているので人力で耕さねばなりません。サツマイモは肥料なんかには気を使わずにすむのですが、土だけはふかふかにしないといけません。一人で行うのはどうにも大変で気が進まなかったのですが、ちょうど良いタイミングで尋ねてきて下さいました。ええ、もちろん体力を測定するなんていうのは方便ですが、向こう三日間はタダ飯を食らうわけですからこれぐらいなら許されるでしょう。そうでもしないと食べて行くのが大変なのです。一応、関所の兵士という括りで公務員として働いているのですがその賃金というのは雀の涙程です。ほとんど人が来ない関所ですので仕方ないことではあるのですが。そう言った訳で、極めて農夫寄りの兵士として鍬を振るう日々を送っております。マルクさんはざくりざくりと一生懸命に鍬を振るっています。農家の出身ではないのでしょう。随分へたっぴです。そのやり方だと腰を痛めるのですが、腰痛で谷越えを断念してくれるならそれもいいかと思いまして口を出すのは控えました。

耕し終わったのは夕方近くでした。芋の植え付けまでしたかったのですが、思ったより時間がかかってしまいました。そろそろ切り上げた方が良いでしょう。


「これぐらいで終わりましょうか。」


と私が言うとマルクさんは


「ええ、はい。」


とくたびれた顔で応じました。家に戻るとマルクさんにお風呂を勧めて、私は夕食の準備です。畑で穫れた新玉ねぎを主役にしました。蒸した新玉ねぎと、オニオンスープ、ライ麦パン。蒸した新玉ねぎに魚醤を掛けて食べますとえも言われぬ美味しさなのです。ライ麦粉もだいぶ減ってきましたがあと二ヶ月もすれば収穫できるので今日は奮発して沢山焼きました。マルクさんは美味しい美味しいと目を輝かせて食べてくれましたが、ときおり見せる表情の翳りがどうにも気になりました。


「そういえば、祝福の帝都を目指しておられるんでしたね。やはり、漢として一発当てたいってやつですか?」


さりげなく聞いたつもりでしたが、途端にびくついたような警戒心を露わにして、


「ええ、まぁ。」


と生返事をするばかりです。いきなり直球すぎる質問だったのでしょうか。私もまだまだ未熟です。話題をそらして雑談しているとマルクさんのお仕事の話になりました。どうやらマルクさんは時計職人の親方だったようなのです。マルクさんの薄い髪と小柄な体躯は親方というには風釣り合いなほど自信なさげです。しかし、時計の話となると途端に饒舌になりまして、そのまま一時間ほど専門用語の嵐に晒されました。私にはちんぷんかんぷんだったのですが、とても嬉しそうに話すのでふんふんと頷いていました。興に乗ってきたのか荷物から面白いものを出してきてくれました


「これはある縁で手に入った懐中時計なんですけど、見たことない形でしょう?」


確かに随分趣向の凝らしてある時計です。文字盤の中に更に三つほどの小さな時計が動いて、しかもゼンマイを巻くリューズも無く、裏のガラスの向こうには何やら複雑な構造をした部品が忙しそうに動き回っているのです。


「これはおそらく自動巻と呼ばれる機構で動いてるんです。こんな風に人の動いた振動で自動的にぜんまいが巻かれる。それだけでも驚嘆すべきことなのに、これはクロノグラフと呼ばれる時間を測る機能付きの時計なんですよ。」


私は感心して思わずほぉーと唸っていました。



「これは時計職人のマルクさんからしてもすごい時計なんですね」


「いえいえ、とんでもない」


マルクさんはかぶりを振りました。


「すごいなんてもんじゃないですよ。この世界にこんなものをつくる技術が未だにあるというのが信じられないことなんです。前時代ならともかくとして、こんなものを作る技術はどこ探したってありません。ということはですよ。」マルクさんは頬を興奮で紅潮させながらことさらに強調して言いました。「あるんですよ。祝福の帝都というやつは。どう頑張ったってうちらの技術では真似して部品を作ることすら出来ません。こんなものを作る技術を持った国が存在しているのはこの時計が証明しているんです。」


ははあ、なるほど。急に胡散臭い話になってきましたね。これを根拠に祝福の帝都を信じているわけですか。根拠は分かりました。ですがどうにも動機が見えません。堅実そうなこの方を突き動かすものはなんでしょう。更に饒舌になったマルクさんの話はお弟子さんたちの愚痴にシフトしていきました。私はふと気になることを聞いてみました。


「お弟子さん達は住み込みだったわけじゃないですか。朝から晩まで働いて、誰が身の回りの世話をしてくださってたんですか?」


「あぁ、それは妻が。」


私は驚きました。家族を持つ身でありながらこの人は馬鹿げた冒険話に食いついたのです。


「もしかして、お子さんもいらっしゃるとか?」


「ええ、まぁ。」


呆れてものも言えません。しかし、家族の話になった途端に先ほどの表情の翳りがちらつくようになり、言葉数も少なくなりました。この人の動機はそこらへんにあるのかもしれません。その辺りは明日にでもゆっくり聞くことにしました。ランプを灯しておくのも勿体無いので、そこでお開きにして寝ました。明日はサツマイモを植え付けないといけません。

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