3-5-1-1 成熟と喪失
双発のビジネスジェット機がタラップを降ろしていた。最下段から、長いレッドカーペットが伸びており、その脇に四恩、東子、磐音が3人並んで立っている。彼女たちの足元ではジェラルミンケースが横たわっている。
「シャワールームに寄ってから帰りたいわね」
まず口を開いたのは東子だった。ノースリーブシャツから出た彼女の肩から先は無数のマニピュレーターに分割されている。その全てが協調し、自分の毛先に触れている。
「わたくしはナリタ五番街に行きたいですわ」
磐音が赤いレザージャケットの前を開けた。
「ネックレスが欲しいの」
「あれは出国しないとだめでしょ」
「でもわたくしたちって、もう出国している状態なのでしょう?」
彼女たちが立っているのはプライベートジェット機用の駐機場だった。利用者は専用ターミナルのラウンジで寛ぎながら出入国及び税関手続きを待ち、そして専用の送迎車で航空機まで移動することになっている。
四恩には出国審査を受けた記憶もなかったし、ここから第2ターミナルにある免税店エリアへ移動する気力もなかった。彼女は東子と同じく、シャワーを浴びることを望んでいた。既に彼女は煙と炎を浴びすぎていた。
「来た」
東子の短い言葉が少女たちを即座に臨戦態勢へと移行させた。四恩は足元のケースを一瞥した。磐音は腰に手を回し、拳銃を取った。東子の無数のマニピュレーターは1つに集合し、一本の腕に戻った。
彼女たちの元を訪れたのはメルセデス・ベンツのEV車だった。専用ターミナルと航空機間は空港側の手配した車両で行き来するのが普通だったが、プランによってはこうして車両を選ぶことができた。
ドアが開き、フランネルのスーツに光沢あるグリーンのネクタイを合わせた男が降りてくる。顔面に、文字通り貼り付いたようにしか見えないチェシャ猫の笑みを彼女たちに見せた。特徴的なファッションと特徴的な笑みが、彼が間違いなく鳥栖二郎の1人であることを証している。
「四宮四恩、良い顔をするようになったね。自分の排泄物に溺れていた時からは想像できない。ああ、全く、想像できないよ。とても、とても……」
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