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「わたしたち、会ったこと、ある――?」

「ああ、あるよ。覚えていないのかね? 私の方でははっきりと覚えているのだが。しかし、まさかこれ程までに巨大な敵となって我々の前に立ち塞がるとは思わなかったよ。糞尿の中に沈めて殺しておくのだった」

 四恩は自分の排泄物の臭いを幻臭したことで小さく咳き込み、次いで血痰混じる口の中を思い出した。

「仕事の話をしない?」

 東子が足下のジェラルミンのケースを細い腕の小さな手で掴み上げて、鳥栖の前に突き出した。

「仕事の話か。もう仕事の話はしたくないな。私は一つのプロジェクトを終わらせて、これからしばらくヴァカンスに行くつもりなんだよ」

「あら、そう」

 ケースを叩きつけるようにして地面に置き直す。鳥栖が僅かに後退する。チェシャ猫の笑みが消え、目を少し細めた。四恩は彼の――〈鳥栖二郎〉ではなく彼の――個性を感じた。

「これでも?」

 東子の革靴の爪先が器用にも留め金を外すと、ケースは大きく口を開いた。それは生き物の挙動によく似ていた。跳ねるような動き。そして実際、中には生き物が入っている。

 入っているというよりも、詰め込まれている。

 あああああああああああああああああいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいいいいいいいいいいいあいあいあいあいああああああああああああああああ――!

 

 半分を占めている奥崎謙一の身体では絶えず流動する黒い液体が皮膚の代わりをしていた。分子機械〈還相〉が実現する、生命46億年の歴史の再演だ。彼の臓器や筋組織、血管を守るために最適な皮膚を再構築しようとしている。

 残りの半分は〈バーストゾーン〉への完全な移行を可能な限り遅滞させるべく配置された生命維持装置と液状の〈還相抑制剤〉が詰まったパックだ。無数のカテーテルとケーブルが奥崎謙一の肉へと伸びており、絶えず液体を交換していた。

 あああああああああああいあいあいあいあああああああああああああいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいああああいああああああ――!

 黒い液体の中から、それを突き破るようにして、繰り返し、繰り返し絶叫が轟き、滑走路を満たした。

 飛行機は今やただの一機も飛んでいなかった。テロ攻撃の予告を理由に、鳥栖二郎のプライベートジェット以外の全ての航空機はエンジンを停止させられており、着陸の予定は全てはキャンセルとなった。内務省特別査察局の、それが今の力だった。新しいストーリーを作り出し、事実をカバーする力を得ていた。当然だ。特別査察局は――全国同時多発テロを新たな資源の投入なしに終息させつつあるのだから。鳥栖二郎の分配ルートを通じた〈還相抑制剤〉の再配分だけで、テロの波は崩れた。人間もまた動物であり、腹が膨れるなら、あえて自棄に至ることもない。

 ああああいああああああああああいあああああああいあいあいあいあいあいあいあいいああああああああああああああ――。

 ケースを閉じたのは四恩だった。命のやり取りを含む交渉において、その行為は失敗のようにも思えた。彼女は思わず鳥栖の顔が反射する光を集めている東子の人工網膜の光の反射を感覚した。鳥栖二郎は笑っていた。彼は観察の観察を観察していた。彼女は彼こそが〈鳥栖二郎〉という集団のオリジナルであることを電撃的に理解した。とはいえ、もはやオリジナルという概念は彼等の集団を分析する際に生産性を高めることはないことも理解していた。重要なのは彼がプライベートジェットで何処へ行こうとしているのかということだった。

「何故、私がここにいることがわかったのかね?」

 3人の少女は一様に車の方へ視線を飛ばした。鳥栖は、そうだと思ったよ、失敗したねと言いながら車に戻った。そして、後部座席から一人の男を引きずり出した。

「恥ずかしがるんじゃあないよ」

「東堂! 貴様! 何をしているのかわかっているのか!」

 男の方は鳥栖の行為には顔を歪めるだけだった。だが、ついに車から降ろされると、凄まじい剣幕で東子に向かって怒鳴り始めていた。

「金食い虫のお前が今の今まで生きてこられたのは誰のおかげだ!」

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