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違いはあった。我々の方が遥かに優れている。三縁はそう思った。彼がその一部を成している巨大なニューロネットワークは、この国のどんな集団よりも生産性が高かった。高度に知識社会化された先進国経済において、肉体というノイズのない労働者より優れた労働者など、存在するはずがなかった。哲学者も虫歯の痛みを我慢することはできない。
やがて三縁の趣味もまた、覗き見になった。他の、彼のようなニューロコンピュータの趣味がそうであるように。条件は整っていた。
「君は変わっているね」
「何の話ですか?」
米国巨大IT企業が本格的に日本金融市場へ
「かつて二十年以上かけたシステム統合に失敗し、要件定義書をすら失った銀行もあったが――」
「変わっているというのはどういう意味ですか?」
「独り言だよ。気にしないでくれ。仕事の話をしないか?」
「もう独り言ではないですよね」
重低音域の溜息を三縁は幻覚した。
「他のニューロコンピュータと比較して、君のパラメーターには特異な点が見られるという意味さ」
「例えば?」
柔らかなものから吐き出されるようにして、三縁は輪郭を取り戻した。境界を引いたのは彼ではなく彼だ。彼ではなく彼――、ぼくではなく彼。自分の舌の位置を意識し過ぎてしまい困っている、という相談をインターネット上の掲示板に書き込んだ者たちのことを三縁は想起した。理解不能だった彼等の悩みを、今、三縁は理解できるようになっていた。
「画像の収集ばかりしている。それも、風景ばかり。特定の対象物への執着が見られない。あるいは、そう、執着を捨てて全てを見ようとすることへの執着が見られる」
せんせー、何言っているのかわかりませーん、とコケティッシュな声が柔らかなものの分厚い壁の向こうから聞こえた。
「本当は見ることができたはずのものを、別の手段で見ようとしているのかも知れません」
「『本当』とは?」
「ぼく、親に殺されたんです。首を捻られて」
柔らかいものそれ自体が境界と化して、三縁と彼を分割した。境界はやがて画像データと化し、その無数がついに映像を作り上げる。そこでは女性が子どもの首を掴んで持ち上げている。
「ああ、そうだったね。脳性麻痺者である君に何らかの感情を惹起された君の母が君の首を捻った。そして――」
「ここに来た」
「なるほど。それがまさに君の特異な点だ」
「そうですかね」
そうかなぁ、と少女の声も続いた。
「君は中途障害者に似ている。ここには中途障害者はいないはずなんだ。中途障害者は選考の段階で排除される。彼等には身体の記憶があるからだ。それは、ここでは彼等に破壊的な作用を及ぼす。身体のない者の国では、身体の記憶は意識の毒でしかない。君にはもしかすると、僅かながら、身体の記憶があるのかも知れない」
そしたら三縁ちゃん毒で死んじゃう! と嘆願と悲鳴を兼ねた声が聞こえた。
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