3-2-18-2
飽和攻撃は既に開始されている。〈活躍の園〉の上空に無数の太陽砲が浮かんでいた。四宮四恩の〈高度身体拡張者〉としての能力の実現、現象、象徴。人間の寿命に比して無限にも近い回数の水素爆発を繰り返す球体から地球へと届くエネルギーを彼女は〈活躍の園〉に集めていた。その力は敷地の全てを完全に平坦するに足る。のみならず、地面を溶かし、地下を焼くにまで足る。
「僕の知る限り、確かにただ1人で僕に対抗できるのは、四宮さん、君だけだ。他の〈高度身体拡張者〉が――この僕も含めて――自分自身を燃料にして能力を現象させているのに対して、なにせ君は太陽をパトロンにしているのだから」
〈金庫番〉である奥崎に、それを躱すという選択肢はない。彼にはそれを受け止めるしかない。彼の能力の、殆ど全てを使い、意識のリソースを奪われることになっても。目の前の敵に対して白兵戦という選択肢しか持たなくなるとしても。
「でもね、四宮さん、馬鹿なことはやめよう」
「わたし――ばかじゃ、ない――。だいぶ、賢くなった――。消費税率も知ってる――、喫茶店でアイスコーヒーを飲んだことがある――、友だちと、ドレスを着て、高級ホテルにも、行った――。――成長、し、た」
「もっと色々なことができるよ。僕たちの足元にあるものを使えば。国を買うこともできる。世界を再構築することだって、できる。この社会の、システム境界を引き直す」
「奥崎くんは――神様なの?」
「そう! そうなんだよ! よくわかったね、四宮さん。僕は神なんだよ。この社会がどうあるべきなのか、僕が、僕だけがちゃんとわかっている。そうして、境界を引き直すだけの力を持っている」
床につけた片膝を上げる。チェシャ猫の笑みを浮かべた奥崎は四恩が立ち上がったことに注意を払っていない。神ならば、蚊の動きの一つすらも理解しているべきだと彼女は思った。靴の中で指先を動かす。痺れは、もう、ない。
「きっと、水青や結乃、小林さんも引き直そうとしてた――」
――神を自称することなしに。
「えっと、誰だい?」
神ならば被造物の名前くらい覚えておけ、と四恩は思った。床からゆっくりと剣の切っ先を持ち上げていく。奥崎の意識のリソースと相殺されるように、彼女のそれも太陽砲の構築に消費されている。彼女は剣の重量、そして自分自身の重量を感じ始めている。
「神様、無線通信を、よく――聞いて」
四恩の無線通信は奥崎の能力によって完全に封鎖されていた。三縁は〈バーストゾーン〉に移行した〈身体拡張者〉を彼女から遠ざけるために、近くにはいない。だから彼女は彼女の仲間たちがその仕事を終えたかどうか、奥崎に聞くことにした。
「神様、聞いて――鳥栖二郎がどうなったか、〈活躍の園〉がどうなっているのか」
チェシャ猫の笑みが剥落していく。無の表情は一瞬で飛び越えた。彼の目で怒りの炎が燃えた。
そこへ油を注ぐように、まるで図ったように、大きな声が聞こえてきた。
「『彼らは自ら知者と称しながら、愚かになり、不朽の神の栄光を変えて、朽ちる人間や鳥や獣や這うものの像に似せたのである』!」
「四宮さん、彼女は何者なんだ?」
「『ゆえに、神は、彼らが心の欲情にかられ、自分のからだを互にはずかしめて、汚すままに任せられた』!」
「カムパネルラ。わたしの、友だち――」
「良い友人を持ったね」
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