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 少女が胸の前で人差し指を動かす。レ点を描くような軌跡。そのために何が引き起こされるのか、四恩には予期できている。

 振り返ると、列を成す多脚戦車の脚が例外なく地面を離れていた。そのまま、ゆっくりと宙で回転を始めた。

〈四恩ちゃん、どうする、この子?〉

〈《話せばわかる》〉

〈それ、結局、問答無用! って撃たれた人の言葉だよ〉

神埼神奈かんざきかんな。能力は見ての通り、重力の操作」

 右の胸ポケットから四角い紙の箱を取り出す。表面に細かい文字が隙間なく書き込まれたその中には煙草が入っている。

「吸う?」

「いら、ない――」

「貴女にはもう、やることがないのに?」

 鼻から煙を出し始めた彼女の視線を追う。そして2人の少女は同じ建物を見た。四恩の「空爆」で1本の煙草と化した、白亜の塔。スマートレティーナ上、髑髏のマークが表示された場所。つまり、奥崎謙一がいる空間への入り口。

「10分前に突入済み。戦闘中」

「なるほど」

「貴女が出ていって、〈137〉も少し変わったよ」

「ん――」

「軍隊の真似事が増えた。セクトやフラクション、謀議の発生よりも相互監視を重視するようになった。面倒なことばっかり」

「なるほど」

「貴女のこと、尊敬していたけど、やっぱりどうしても好きになれないな。ねえ、弱い人のこと、考えたことある?」

「ん――?」

「〈137〉以外では生きていけない子たちのこと」

 制服の胸には2つのポケットがある。煙草を戻したのとは反対側から、スキットルを取り出して、中身を呷る。アルコールの臭いとともに、神埼は言った。

「『彼らの熟練が新しい生産様式によって価値をうばわれるために、プロレタリアートに転落する』……」

 がっしゃん。

 多脚戦車が地面に降りた。穏やかな着地だった。彼女は間違いなく熟練した重力操作能力者だ。

〈たいっきゃああああああああああああくっ――〉

 三縁が傍受した〈137〉の無線通信は悲鳴と絶叫で回線がパンク寸前だ。

 たいっきゃああああああああああああああああああああああああああ――。

 もう、四恩の鼓膜を震わせる空気にも少女たちの金切り声が充満してしまった。

〈お前達の部隊名称を《活躍の園》要塞軍とする。絶対に《地下金庫》を抑えろ〉と、男の声。

 現場で〈137〉の少女たちを監督するために派遣された自衛軍の兵士だ。

〈バカヤロー! だったら、てめぇでやれ!〉〈げらげら〉〈チンポコ引き抜いて食わせてやろうか?〉〈げらげら〉〈君の不細工な奥さんの顔、剥ぎ取っちゃお。どうせ汚いのだし〉〈げらげら〉〈お前のガキが見ているポルノサイト一覧を学校に送っといてやるよ〉〈げらげら〉

 少女たちの無数の声が、一斉に罵倒と嘲笑と脅迫と、その他あらゆる攻撃的な言葉を吐いた。

 煙草を咥えている神埼の顔には何の変化もない。本当に彼女と同じ無線通信を聞いているのか、四恩は三縁を疑いそうになる。神埼は目を細めて、建物から逃げ出してくる自分の仲間たちを見ている。

〈こ、こ、こ、こ、これは抗命だ! 上に報告する!〉

〈戦車のエンジンが壊れて怒られるのは整備士だよ。小学校で習わなかったの?〉

 げらげらげらげらげらげらげらげら――。

「〈137〉も、すこし、変わった」

「『生命は必ず生きる道を見つけ出す』からね。別に責めるつもりはなくて……、本当に、ただ聞いてみたかっただけ。弱い人のこと、考えたことある? って」

 常に考えていた。そのことで頭がいっぱいだった。自分こそ、弱い人そのものだったから――。何もかもが怖かった――。世界について何も知らなかった――。巨大なものと一体になることで安心したかった――。生き延びたかった――。生き残りたかった――。

「ある」とだけ、四恩は言った。

「貴女なら、何とかできるの? この状況」

「状況は、自ら、作り出すもの――」

 強いね……、という神埼の呟きは、続く彼女の溜息で直ちに掻き消された。四恩は聞こえなかったふりをした。

 神埼がフィルターだけになった煙草を地面に吐き出す。白いエナメルの靴が踏み潰す。帽子を取って、腰を曲げる。惚れ惚れするお辞儀だった。

「つよいね」

 言ったが、彼女は頭を下げたままだった。聞こえているのか、聞こえなかったのか、聞こえなかったふりをしているのか、四恩にはわからなかった。

〈先を急ごう〉

 三縁が金属の腕で柔らかく四恩を抱えあげる。行進が再開された。多脚戦車の長い長い列の半ばに、彼女はまだ頭を下げたままの神埼を見た。

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