3-2-16-5
視界の第二層に穿たれたライトブルーの点線が大きくなった。目的地はもうすぐ、そこだ。ライトブルーの点を飲んでいく自分の靴の爪先から、顔を上げて、前を見る。燃え上がる白亜の塔が口を拡げている。
内部に巨大な吹き抜けを持つ塔の入り口もまた、巨大だ。まだ車椅子に乗っていた時の四恩が抱いた印象から、何も更新されることはなかった。ソイレント・ホワイトを搬入するトラックも入ることができなければならないのだから、必然。施設の性格が要求する、当然の機能。
三縁の操作のために、この世で最も柔らかく感じられる金属の腕から、四恩は地面へと降りた。倒れたまま動かない施設職員や警備兵の間、僅かに残るまだ紅に濡れていない地面を踏んで、受付カウンターにまで移動。カウンターの向こう側、顔全体が大きなレンズになっている人型のロボットが座っている。彼女は光がデジタル情報に変換される過程までを感覚した。そしてそれは奥崎のスマートレティーナ上に再び、四恩の顔を描画するはずだった。
――《活躍の園》第666号タワーにようこそ!
「《地下金庫》。案内して」
――貴女は人間ですか? 貴女が人間であることを証明してください。
スマートレティーナへのアクセス申請がある。四恩は同意する。視界の第二層が背広姿の中年男性の全身写真を展開する。その数は、ちょうど四恩を完全に円形に取り囲むことができるほど。
――この写真の中から、日本国総理大臣経験者を選択してください。
チューリング・テストにしては政治性が高い、と四恩は思った。そして四恩には政治がわからぬ。四恩は、斜陽国家の少年兵である。
「わからない。えらべない」
――貴女は人間ですか? 貴女が人間であることを――。
めきゃあ。
四恩の肩越しにマニピュレーターが伸びてきて、受付係の首をへし折り、頭部をもぎ取った。
〈人間の証明、そんなもの、ない〉
三縁が珍しく低い声で言った。こういう類の問に辟易しているのかも知れなかった。ところで、怒りにまかせて機械を壊すなんて人間的だな、と四恩は思った。
〈四宮さん! また来てくれた!〉
受付係の背後にあるスクリーンから、施設の案内図と施設の理念についての映像が消えた。代わりに、奥崎謙一の顔が大写しになった。少年のような少女の、あるいは少女のような少年の顔にも見える。四恩はようやく、自分を初めて見た人が身構える反応を示すことの必然性を理解した。背後に、顔の造形を設計した者の意志が見え隠れすることの、不気味さ。
「奥崎、くん――」
〈四宮さん! ここにおいで! 良いところだよ!〉
彼の顔がスクリーンの左側へと消えていく。右側から、《地下金庫》内の映像が現れる。全て見るまでもない。闘争領域でしか自由になれない奥崎謙一のユートピアは、そこに、ある。金貨、銀貨、インゴット、ビニール包装された各国紙幣、死体、死体、そして死体。
〈いかにも自分に酔っているという感じだね〉
〈旧世代の『身体拡張者』。身体拡張技術の名前を得ることができなかった、出来損ないの技術の被検体。君の子どもだか大人だかわからない声、話し方を聞いていると吐き気がする。君はこなくていい〉
〈何が、こなくていい、だ。お前が、ここに、こい。お前のせいで四恩ちゃんは疲れてんだぜ?〉
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