3-2-16-3

 よさんがしんぎをとおりましたああああああ――。

 ナナフシが購入した戦車の姿は、まるで蜘蛛。身体は対戦車地雷対策に逆台形となっている直方体と、人間が乗り込んで操縦するための楕円で構成されている。支えている脚は八本。駆動部分は数えるのが面倒になるほどだ。よく見ると、無限軌道が腹部に収納されている。そして何よりも、その顔。操縦手用カメラ、砲手用カメラ、レーザー検知装置といった光学的装置の一切とマニピュレーターの集合は、そのまま甲殻類の顔に見えた。

〈国内軍創設の、まずは橋頭堡というわけだ。おめでとう、武野くん。隊員は?〉

〈まだ一人も。それは、これから採用します。でも装備は揃えましたよ〉

 まだひとりもおおおおおおおお――。

〈役人と政治家は金を使わせると天才的だからね〉

〈その通り。この多脚戦車は弾薬から対弾丸・対地雷性能まで完全にNATO規格、対空機関砲による近接防御システムを搭載しています〉

 そのとおおおおおおお――。

 ぼくは皮肉で言ったのだし、国内で運用するつもりならウインカーを付けないといけないよ――という三縁の水晶の声は多脚戦車から聴こえてきた。役人と政治家の天才的金遣いの成果物は既に、三縁の物になっていた。天才的窃盗だと、四恩は思った。

〈このリモートコントロールシステムのUIも駄目だと思う。ゲーミフィケーションが足りない〉

〈戦争はゲームではありませんからね〉

〈しかし人生はゲームだ〉

 先頭、四恩の一番近くにいた戦車が脚を折り曲げる。戦車の、虫のような顔が彼女の顔にゆっくりと近づく。マニピュレーターの1つが大きな駆動音を鳴らしながら、彼女と戦車の巨大な顔の間に入り込む。

〈武野くん、後を頼んだよ。ぼくたちは忙しいから〉

 四恩には三縁が何をしたいのかも、自分が何をすべきかもわかっている。その手に身を委ねるだけだ。その手は鋼鉄だ。抱えあげられた時は冷たくすら感じた。しかし、やはり同時に、その内部に行き渡っているはずの意志も感じることもできた。それに――冷たいといっても、宇宙の寿命に比べれば実に僅かの瞬間のこと。彼女の体温を分け与えれば、解決する問題。

〈お嬢様、今日はどちらまで?〉

「行けるところまで」

 蜘蛛の縦隊が〈活躍の園〉の中を進んでいく。彼女が通り抜ける度毎に、自己目的化した戦闘が中断され、中止されていく。兵士と収容者とが武器と攻撃性を捨てていく。何かが終わり、何かが始まることを悟っていく。光の柱が車両と建築物を薙ぎ払ってなお何も気づくことのなかった人々も、先頭に少女を戴いた鋼鉄の軍団が来たのなら、もう沈黙するより他にはない。

 ライトブルーの点線が次々と四恩の足元、蜘蛛の腹の下へと飲み込まれていく。飲み込まれた分だけ、また、点線がスマートレティーナに穿たれていく。その繰り返しの途中で、四恩は少女に会った。

 三縁も彼女の姿を進行方向に認め、減速――少女、減速することを見越していたかのように、あるいは、減速されなくても構わないかのように、腕を組み、両足を開いて、立ったまま。

 四恩は三縁の巨大な腕から降りる。この時にはもう、四恩は独特の浮遊感を味わっている。つまりは、これが、四恩を待っていた少女の能力だ。〈137〉流の、挨拶の作法だ。

「『あなたのことを、耳にしてはおりました。しかし今、この目であなたを仰ぎ見ます』」

「わたしは、神様では――、ない」

「知ってる。喜ぶかなと思って」

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