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数多の光の柱がさらに無数の光の糸に別れる。それは〈活躍の園〉の上空で太陽炉たちが踊る軌跡だ。糸は疎らな雨になったと同時に消え失せた。
〈外に出たわ。四恩、貴女は〉
〈はいった〉
浄化作業が終了した。あるいは、東子とカムパネルラの戦場からの退却と四恩の戦場の最深部への侵入が成功した。
ヘルメットを手に、立体駐車場の最上階からエレベーターに乗って、降りていく。その間に、ライダースジャケットのフロントファスナーを閉める。
外にもまた、駐車場。左手、バチンコ店の建物が遠くに見える。カジノが合法化された後でも、低所得層向けのギャンブルとしてパチンコは命脈を保っていた。
店員、警備員とすれ違う。彼らは立体駐車場の中へ。最上階のフェンスが落下した件について、調べに行くのだろう。テロルは最早、日常と化している。近所の福祉施設が空爆されたとして、彼らにとっては何でもありえない。職場で起きた器物損壊事件の方が重要だ。
人の仕事を増やすことは良くないと、磐音は思った。しかし彼女達はここ以外に、四恩の「カタパルト」として、物見櫓として、適切な場所を見つけることができなかった。納車の場所としても、やはりここが最適だった。三縁が購入、手配してくれたドゥカティ998も、これだけ大量の車両がある中では目立ちようがなかった。
マッシーモ・タンブリーニによるデザイン、塗装はレッド――目立ちようがない。目立つはずがない。しかしバイクのカラーリングに合わせて、ジャケットとパンツも赤にしたのは派手かも知れないと磐音は思った。
排気量998ccの車体が唸る。サスペンションの調整済み。プリロードは最弱に。給排気のライトチューンもされている。
そして実現する、コーナリング。身体拡張技術〈獣化〉の被験者である彼女の筋力はクラッチ操作も重く感じなかった。一般道ではオーバースペックなはずの性能も、信号を無視し、他の車両の間を縫って走るには――。
「パーフェクトですわ、三島くん!」
〈感謝の極み〉
スマートレティーナによる視界の第二層が、彼女が既に目的地に着いたことを告げている。速度を落とす。
タワーマンションの前の道路、白いバンが停車している。何の変哲もない、生活に溶け込んだ、荷室の広い車。ちょっとした引っ越しくらいなら、トラックの仕事を奪うことのできる大きさ。
磐音はその横でバイクを止めた。運転席側の窓が手の届く距離にある。運転手が自ら窓を開けることを期待するが、反応なし。なら――彼女はレザーの手袋に包まれた手でノックする。1回、2回。
スモークガラスが下がり、運転席の男が顔を見せる。彼の網膜上でもスマートレティーナが起動しているはずだが、フルフェイスのヘルメット越しでは相手が誰であるかを教えることはできない。
「何か?」
助手席の男はタブレット端末を叩いている。真剣な眼差しと、素早い指の動きから、磐音は彼がソーシャルゲームのプレイ中であると推測する。推測しつつ、腰のベルトから拳銃を抜く。
「『平和を望むなら戦いに備えよ』」
デトニクス社製の護身用ポケットピストル「ポケット9」。ディレードブローバックを採用し、9mmパラベラムが使用可能。
彼らが自分達が何を敵に回したのか悟る前に、2回、引き金を引く。
タンッ、タンッ――。
乾いた音が住宅街に鳴り響く。だが、この程度の大きさでは、あの男には届かない。このタワーマンションの最上階にいる彼には。
「動くな」
磐音の前方と後方、カラシニコフ自動小銃近代化モデルを持った男が立っている。2人とも、構えた銃の表面の経年劣化と同程度に戦場を経験していることは、間違いない。自分の仲間の頭部が木端微塵に砕けて車内に撒き散らされたのを視認したと同時に、リアドアをスライドさせたのだから。
ところで、磐音は彼らのどちらか1人には生きていて欲しいと心から願っていたので、こう言った。
「わたくしが人間ではないというのは、ご存知ですよね? ヘルメットで減衰された銃弾の推進力で、わたくしを殺し切るのは難しいと思いますわ。まずは前方の貴方に――ゆっくりと狙いを定めて発砲した後で、わたくしの頭を半分吹き飛ばした無礼者の頭を吹き飛ばし返そうと思っています」
磐音は彼女の能力と企図を彼らに教えた。それだけで、もう十分だった。幾つもの戦場を生き延び、そうしてそのまま、傭兵になってまで生き延び続けようという者に、これ以上の説明は不要だった。
彼女の前方、彼女の頭部を射線に捉えていた男が銃口を僅かに動かした。動かしてから、発砲した。
べちゃん――。
磐音は水を含んだ雑巾の落下音を聞いた。それこそ、戦場における命の終わる音だった。
「望みは?」
「鳥栖二郎を殺し尽くすこと」
なるほど、ね、と言った男の身体は震えていた。
「そのために、このタワーマンションで〈活躍の園〉を眺めている彼に会いたいの」
磐音は彼を落ち着かせようと微笑みさえしたのだが、逆の効果を生んだらしい。
「今、彼の傍には何人いますか?」
彼女は三縁の指摘を思い出した。
〈三島くん〉
〈はい〉
〈ちょっと自覚しました〉
〈なるほど、ね〉
「3人はいる……はずだが」
四恩が〈活躍の園〉に侵入してから接触するという判断は正解だったようだ。3人ならば、問題ない。全員が〈身体拡張者〉ではない限りは。
「あら、そう。とっても少ないのね」
「あの男それ自体には価値がないからな」
言って、彼は唾を吐いた。
3-2-14 おわり
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