3-2-14-1 バースト・ゾーン

 白亜の塔が次々と灰色の柱をその上に増設していく。空を支えようとしている割には、あまりにも頼りない、柱。僅かの風で倒れていく、柱。

 根元からは、嬌声が聴こえてくる。

 勿論、喜びの声を上げる者など、いるはずがない。銃弾が飛び交い、爆炎が舐め回し、血飛沫が染め上げる場所で――。

 磐音は〈活躍の園〉が1つの殺戮の桃源郷バースト・ゾーンと化していくのを、遊興施設の立体駐車場の最上階から眺めていた。

 距離が、地獄そのものと化していくあの場所を、何か別の、祭典のようなものに変換した上で彼女の五感へと入力していた。

 意識と感覚の騙し合いには付き合いきれない。

 磐音は彼女の横、無の表情で〈活躍の園〉を眺める少女の顔を見た。壁代わりのフェンスをコンクリートから引き剥がした後でも、その顔には僅かの汗、僅かの上気すらなかった。それどころか、彼女に寒気をすら齎した。ついに少女が――四宮四恩が表情、あるいは表情に似た何かを浮かべたからだった。

 目を細めていく。限りなく白に近い肌色の隙間から、瞳が輝く。磐音は思わず身構える。まるで四宮四恩こそが敵であるかのように。四恩が彼女を見る。緩慢な動作で、首だけを動かして。その間にどうにか、磐音は彼女が敵ではないことを思い出す。そして、安堵する。だが既に不気味の谷は口を開いている。

〈137〉の子どもたちは、その容姿をすら、1つの武装として機能するように設計されている。

「先、に、行く――」

「待ってください」

 自分の声が震えていなかったか、震えていたとしたとしたら、震えていたことを彼女に悟られなかったか、ということを磐音は心配した。

 ん――とだけ、四恩は言った。

「私たちって、もうチーム、仲間ですからね。忘れないでくださいね。どういうことが起きても」

「ん――」

 再びそれだけ言って、彼女は跳んだ、飛んだ。

 跳躍というよりも、飛翔。重力などないかのように。

 コンクリートの地面に残る穴だけが、彼女もまた重力に縛られていることの証明。

 長い髪が光跡のように舞い、彼女の後をついていく。

 四宮四恩は1本の矢だ。殺戮の桃源郷の夢を撃ち抜く、1本の、矢。

「三島くん、彼女のこと、ちゃんと守ってくださいね」

〈言われなくともそうするさ。世界最凶の女の子たちに狙われたくはないからね〉

「彼女の信奉者たちか何かですか? わたくしも東子も面識がない子たち?」

〈4人の中でさ、実は石嶺さんが1番怖いよね。無自覚というか〉

 何を言っているのか、磐音には全くわからなかった。三島くんは昔から、そうだ――。頭が良すぎるのか、韜晦趣味があるのか。後で四恩から注意してもらおう。彼女が言えば、彼はどんな欠点もすぐに直すだろう。

 漆黒の矢がついに重力の導きに従い、〈活躍の園〉の敷地へ落ちていく。

 というよりは――降りていく。

 地獄の住人たちには、天から救い主が降り立ったように見えたに違いない。

 他にどのように見えるだろう?

 天使の降臨を祝福するようにして、〈活躍の園〉の敷地内に、無数の光の柱が生成されていく。〈獣化〉の被験者である磐音ですらも、〈活躍の園〉から離れた場所にいる彼女ですらも、その光度に思わず目を閉じた。きつく、閉じた。

 それでもまた、今度は意識と身体とが、互いに裏切り合う。光源を見たいと、磐音は思う。

 この時のために、人ならざる再生力を得たに違いない、と磐音は思う。思ってしまう。視神経など、何度でも再構築すれば良い……。

 目を開けて、空を見た。

 空は巨大なレンズに埋め尽くされていた。

 それは〈高度身体拡張者〉四宮四恩の能力の実現だ。

 光学を侵犯し、超越し、光そのものを操作する彼女の能力の――。

 つまるところ、四恩は空中に数限りない太陽炉を創り出していたのだった。

 炉の焦点は直ちに3000度へ到達し、やがては10000度になる。その時には空気そのものが爆弾になる。〈活躍の園〉の敷地は平坦な荒野になる。磐音は嬉しくなる。最低の思い出しかない場所が、可愛い年下の女の子によって焼き払われ、浄化され、の新しい思い出の場所になる。

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