3-2-12-9
「それがあの、『鳥栖二郎』という『集団』の起源ですか?」
「そ――」
「鳥栖二郎は技術的な問題からか、個人的な野心からか、約束を果たさなかった。そもそも、ITプロジェクトの進行は建設現場のそれに似ていて、彼が一人で構築・設計をするわけではないでしょう。ともかく彼は詐欺師になった」
車は、もう二車線の大きな道路を走行していた。武野は話を終わらせたがっていた。彼のような「捜査官」にとっては、既に十分過ぎるほどに、情報を得たということなのだろう。釜石に代わって、彼が結論を導き始めていた。
「あ――」
「相手が悪かった。彼は殺された。しかしその身体には利用価値があった。彼は彼自身に対してだけは詐欺師ではなかったから。彼の身体はパーツに分割されて分配された」
彼は何時、何処で間違ったのだろう。あの読書会、あるいは起業、もしくは政府からの巨大プロジェクトの受注。
この自分は、何時、何処で間違えたのか。最初に人間身体の拡張について構想した時にあった感情を追体験する。
彼には生活保護で倹しい「自立生活」をする重度障害者達との、短い交流があった。まだ学生だった頃の、若かりし日の思い出。2日間の講習を受けて重度訪問介護従業者の資格をすら、取った。ボランティアに入り、衝撃を受けた。車椅子にも、ベッドにも、ここ半世紀で殆どイノベーションはなかった。彼らの生活を快適にするイノベーションは、なかった。せいぜいインターネットとタッチパネルが、脳性麻痺で震える指でも商品の注文やメールのやり取りを可能にしていただけだった。怒りをすら、覚えた。人類が、この程度にしか自然から解放されていないことに――。
「これで〈地下物流〉を支えるテクノロジーが完成した。後は実際に取扱量を増やすだけだ。この国で機械による身体拡張ではなく、『釜石式』身体拡張が採用されたのは、つまりそういうことなんですね? より多くの棺桶――〈地下物流〉のコンテナを増やすために、まだ産まれたてで弱々しい〈地下物流〉組織は貴方を支援した。そうですね?」
まだ「個人」であった鳥栖と釜石、さらにもう1人の博士を加えた〈三博士〉は、日本版全情報認知システムの実装と分子機械による身体拡張技術の国家支援の獲得、そして米国と中国以上の高度資本主義を実現するために手を組んだ。透明人間になる秘薬と、〈地下物流〉の将来価値を手土産に、ある者を懐柔し、ある者を抹殺していった。釜石は機械化による身体拡張技術の方が安価かつ安全であることを主張した研究者を沈黙させた方法を思い出した。彼の妻と娘を、中東から密輸した金地金1kgで雇った男の運転する車とガードレールの間に挟んで圧殺し、彼を自殺にまで追い込んだのだった。
善悪の彼岸――そこのみにて、科学は実現する。彼は確信していた。少なくとも、あの頃は――。だから、鳥栖二郎の自宅で手足と頭部を取り除かれた彼を見ても、何も感じなかった。何かを感じているということを感じなかった。〈三博士〉が〈二博士〉になることを、もう1人の博士に伝えないといけないが、彼女は、今、起きているだろうかと考えるだけの余裕もあった。さらにまた、そう考えている彼の肩を鳥栖二郎が叩いたとしても、何らの驚きもなかった。
「双子がいると聞いたことはなかったけど……」
「私も聞いたことはないな」
鳥栖二郎の遺体を見下ろしながら、鳥栖二郎が言った。
「そうすると……君は何なんだ?」
「鳥栖二郎のシミュラークルさ。あるいは『鳥栖二郎』という集団。まだ個人であった時の彼は、〈地下物流〉組織を裏切っていた。その富を独占するつもりだったのだよ。そこで〈私達〉が作られた」
「彼の生体情報そのものがroot権限のパスワードだったということなら――」
鳥栖二郎そのものを再現する必要はない、と言葉を続けることができない。死んだ自分から釜石へと鳥栖が振り向いていた。チェシャ猫の笑みを顔全体に貼り付けて。
「全情報認知システムは既に我々の手を離れている。城の基礎にシロアリを置いて城主に呪いをかけることができるのは、建築士と基礎工事に携わる者達だけだ。後で同じことを試みれば……衛兵に見つかって処刑される」
「こ――」
「この一連のテロルは〈鳥栖二郎〉という集団の、雇い主である〈地下物流〉組織への反乱でもあるわけだ。いえ、もう結構です。わかりました。全部、わかりました」
表情を廃止しているようにしか見えない男の顔の表面に、しかしこの今は、薄い、被膜のような笑いが蠢いていた。
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