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 そのまま手で帽子を押さえながら、地面を一蹴り。そして跳躍。それだけで彼女は空を飛ぶ。反作用が地面を抉る。砕けた大地が粉として、彼女と反対の方向へ吹き付ける。

 これが〈高度身体拡張〉。これこそが。

 あんな玩具で彼女をどうにかできると思った連中にも、そのことはわかったようだった。彼女は彼女を口を開けて見上げるがままの者たちの遥か頭上を通り抜けた。

 首尾は上々。彼女が、彼女こそが規格外の脅威であると思い知らせることこそが、四宮四恩の頼みなのだから。

〈活躍の園〉の門には槍の装飾が施されている。乗り越えようとする者を予め挫折させるために。

 カムパネルラが着地したのは、槍の先端の先端だった。蛮勇のために、乗り越えようとすることを止めなかった者を実際に貫くための、槍の、先端に。

 ああぁ――。

 門の外、同時多発テロ事件の最中にあって重要施設を警備するために動員された自衛軍の兵士たちが嘆息とも感嘆ともつかない声を挙げた。

 彼らの見開かれた目の、その一つ一つに、カムパネルラは彼女自身の姿を見た。灰色の瞳の高度身体拡張者が、百メートルを超える距離と重力加速度と数十キログラムの質量とが生じさせるエネルギーを吸収する姿を、見た。

 まずは踝の周囲の肉が大きく膨れ上がり、そのままその膨張は太腿へ、そして腹部へと移動した。

 降りろ――! と誰かが叫んだ声に合わせて、腹部の膨らみが消失。彼女が降りるのではなく、彼女が吸収した落下のエネルギーそのものが降りていき、再び踝へと戻る。

 戻って、放出される。

 踝から下、骨肉が液体と化す。四宮四恩に選んで貰ったストラップにリボンのついた黒いサンダルから溢れ出す。

 溢れ出して、荒れ狂う。

 液体がカムパネルラの足元に濃い桃色の、薄い板を構成し、直ちにそのまま門を押しつぶす。

 そうして彼女は兵士の要求の通り、地面に降り立つ。衝撃派に倒れ込んだ兵士たちへ呼びかける。

「『 眠りから覚めた獅子のように起き上がれ』!」

 板が液体に戻り、液体が彼女のサンダルの中へと戻っていく。灰色の瞳の小さな体躯を支えるに相応しい、小さな足を作り出していく。

「我々は猿でね。『壊れた磁石を砂浜で拾っているだけ』なんだ」

 サンダルのヒール部分に付いていた微細な埃を払っていたカムパネルラに近づいてきてそう言ったのは都市迷彩の戦闘服を着た自衛軍の兵士の1人だった。肩にかけた自動小銃を取るような素振りすら見せない。その落ち窪んだ目が見ているのは、もしかすると彼がまだ一般曹候補生の頃に見た、中東の景色なのかも知れなかった。少なくとも、もうカムパネルラのことは見ていなかった。彼らの仕事はあくまでも、〈活躍の園〉の外を守ることなのだ。

 そしてその種の謙虚さは全く正しく、彼らの命を完全に守っていた。というのはカムパネルラはもう、彼らの戦闘車両や彼らの銃火器、そして何より彼ら自身の命を無力化をする必要を感じなくなっていた。

 それよりも、〈活躍の園〉の敷地内の至るところから現れ、それぞれ彼女を轢き殺すためにエンジンを吹かせている4トントラックの群れを無力化するべきだと、彼女は思っていた。

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