3-2-9-3
「全世界が〈バーストゾーン〉になった時に、そこからどんな利益を引き出すのか。きっとそこが、僕と博士では違うのだと思う」
「君は何を引き出す?」
「博士は何を?」
質問に質問を返されて、鳥栖の両の口角が吊り上がる。頬が裂けていくようにすら、見える。真っ白な――便器のように――真っ白な歯が剥き出しになる。
チェシャ猫の笑みが、鳥栖の顔に戻るのと同時、広大な地下空間を満たした暗黒の、ドル紙幣の山の、人民元の山の、スイスフランの山の、金地金の山の、銀地金の山の、プラチナ地金の山の向こうから、男達が姿を現す。数は1、2、3、4……。
鳥栖がそうであるように、人工的な、演技的な笑みを浮かべた男たち。スマートレティーナが頭部の骨格を分析し、彼らの個人情報を表示しようと試みる――失敗する――彼らはレンズの故障が作り出した像ではないかと警告を出す始末――。
「彼らでは僕を殺すことは難しいと思うけど」
足元、踏みつけていた人民元を手に取る。それは誰かの血、奥崎と共に戦ったことがあるかも知れない誰かの血で真紅に染められている。マネーを洗う戦士の血。毛沢東ならば、この芸術を理解してくれたかも知れない、と奥崎は思う。
「難しい? では可能性はあるのだね?」
「何だってできる、ただ登りさえすればいい、と毛同志も書いていたよ」
はははははははははははははははっ――。
鳥栖が声を上げて笑った。
「『九天に上りて月を攬る可く、五洋に下りて鼈を捉る可く、談笑して凱歌還る。世上難事無し、只だ肯て登攀を要せば』。なるほど、それはそうかも知れないね。私は〈還相抑制剤〉の供給と〈調整〉のための設備を握り、まさに君を下部構造のレベルから操作しているわけだから」
奥ゆかしさの、欠片もない。あまりにも直截な、脅迫。もしかすると、目的も目標も何もかも忘れて、今すぐこの男の血液を沸騰させたほうが面白いだろうか。
しかし抗命は戦争には付き物だからね、気にしていないよ私は――と鳥栖は言いながら、この場の全員に向けて、自分のスマートレティーナ上のスクリーンの共有を開始した。
死んだことにされることによってのみ、この国内を動き回ることのできる4人の男達の陰鬱な顔。その表面に今、血色が戻った。それは明らかに、彼らを囲みつつ漂う4枚のスクリーンの効用だ。
半透明のスクリーンに表示されている少女たちの顔、顔、顔、顔。ただの一目でも、そしてスクリーンの裏側から反転した画像を見ても、その端正な顔立ちがわかる。彼女たちは、容姿もまた武器として機能するように操作された子どもたちだった。そのことが、少女たちの1人――四宮四恩の顔を見ているとはっきりとわかる。
「このメスガキどもを殺せばいいんですね、鳥栖さん」と、男たちの1人が言う。
「そう、その通り。しかしこれは政治的な行為でもあるんだ。私の言っていることがわかるかな?」
「残酷に殺せってことでしょ、トリさん」と、さらに1人。
「うん、そう、その通り。届くべき者たちにメッセージが正確に届くような、残酷な、凄惨な死を与えるということさ」
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