3-2-5-4

キャデラックのボンネットで煙草の火を消す。すかさずサクラが次の一本を供給する。やはりその先端では既に火が点いている。

「このようなことが常態化するなら、市街地に戦闘機や戦車を出して対応するよりは遥かに安いですからね。その点、〈137〉がアッピールしたのかも知れません。それで、どう、アプローチしますか? 貴女は奥崎謙一を追って、次いで〈三博士〉の1人を追って、渋谷でのテロを予測し、彼らの影を踏んだ。そして、踏んだだけで取り逃がした。次はどうしますか?」

「なにも――なにも、変わら、ない。変え、ない。わたしが誤っただけ――だから――。この――」

「このテロも、予測できたことだと?」

「ん――」

「また鳥栖博士を追うのですか?」

「いや――」

〈彼は渋谷から徒歩とバスで家に帰ったよ。今も窓際でユクスキュルの『生命から見た世界』を読んでいる。多分、ぼくが見ているのを知っているんだろうね。見ているけど、何もできないということを含めて。彼の顔は鳥栖次郎そのものだけど、データベースで照合すると、輸入雑貨の貿易商で、名前は――井之――いや、どうでもいいか、ともかく、全くの別人になっている。当然、今いる建物も別人の名義〉

「それでは、奥崎謙一を?」

「ん――。いくつ、か――」

「手順を踏めば、獲物が自ら、かつ自ずから現れて、貴女はそれを捕え、一連のテロの背後にある力を明らかになり、ひいては私がそれを操作する機会を得ると。そういうことですね?」

「ん――そう――そうなる」

〈正解――?〉三縁とだけ無線通信。

〈正解にしようよ、ぼくらで〉四恩とだけ無線通信。

 武野と女の顔と顔の間、管理用道路の出入口に装甲車両の2台が停車したのが見えた。「凄いのが来たわねえ」と弛緩した声で東子が言うのを聞いた。武野はまだ四恩を見下ろしているが、サクラの瞳は四恩たちの背後、もう一つの出入口を見ていた。四恩は光を感覚するまでもなく、彼女が何を見ているのかがわかった。というのは、彼女がとびっきりの笑顔で呟いたからだ。「ロールスロイス・ファントム、ベントレー・コンチネンタル……」

「わかりました。もう一度貴女に仕事を発注することにしましょう。四宮さん、この一連のテロを可能にした物質的条件を明らかにしてください。サクラさん、私は彼女に捜査官の権限を与えることが可能でしょうか?」

「いや、無理だろうな。あれは――」

 運転席に乗り込もうとしていたサクラが高級外車の車列を顎で示す。だが武野は興味がないようで黒光りするボンネットに2つ目の黒い点を穿とうとしている。

「特警大隊の人間だ」

「弱りましたね」

 全く弱っているように聞こえない口振りで言いながら、武野は助手席に乗り込む。扉を閉める。「半ドアだ、馬鹿」「すみません」窓ガラスが下がると、武野の長い腕が四恩の方へと伸びる。その手にはビジネスバッグがぶら下がっている。彼女はそれを受け取る。

 菱形模様のエンボス加工がされたレザーのバッグ。絶妙な高級感。この鞄に合う服装を考えながら、中身を見た。大量の、それもありとあらゆる種類の鍵。

「サクラさん――私のボディーガードをしてくれている彼女のセーフハウスです。必要な装備はそこで調達してください。残念ながら、〈還相抑制剤〉はありません。いや、残念ではないか。これも依頼に対する報酬としましょう。依頼の締切は――」

 四恩は上着とシャツとを上げて、それからスカートを少し下ろして、下腹部から胸の下までを武野に見せてやった。ナナフシ型ロボットは表情を変えなかった。ただ、サクラは3本目の煙草を彼の口に挿し込んでいた。四恩はある種の満足感を味わいながら、服を戻した。

〈武野くんたちとの通信の窓口はぼくが担当しよう。どれくらい地下に潜るつもりか知らないけど、何処までも追ってあげる。四恩ちゃんを裏切るなんて考えない方が良いよ〉

 キャデラックの内部に水晶の声が充満した。

 武野は沈黙で応じる。代わりにエンジン音が鳴り響いて、キャデラックが動き出す。四恩はもう既に磐音とカムパネルラ、そして東子が乗り込んでいるSUVの前に移動し、道を開ける。運転席側のサイドウィンドウが開いており、サクラが「『恐れずに』、『しかし気をつけて』」と彼女に言った。

 四恩は先輩の言葉に胸を打たれたので、高級外車の運転席に座っている者の網膜に青の可視光線を集めて焼いておいてあげることにした。

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