3-2-5-2

 そう考えている間に、キャデラックの運転席の扉が開いた。長い脚が伸びて、地面を踏みつけるのを、四恩は見た。それから、横顔。小さな頭に、尖った顎。寒気がするような美人。実際、寒気を覚えた。しかしそれは必ずしも、美人のためではなくて、三白眼が彼女たち――いや、四恩を睨んでいたからだった。

 運転席から降りた女は車に背を預けて、煙草に火を点けた。下を見て、吐き捨てるように言う。

「おい、馬鹿」

「はい。何でしょうか?」

 武野が、自分の名前が「馬鹿」という名前であるかのような自然さで、女の方に振り返った。ところで、少女たちは、この闖入者のために、目を瞬いていた。そのことを四恩は自らも激しく瞬きしつつ、確認した。

「馬鹿。さっさと仕事の話をしろ」

「全ては仕事の話ですよ。ご存じない?」

「ここに来る間に1000回は言ったはずだ。馬鹿の馬鹿げた賭けのせいで、今や時間は我々の敵だ」

 1000回は嘘ですね、15回ですね、と武野は言いながら四恩たちに向き直った。

「か――」

「彼女ですか。気になりますか。ボディーガードですよ。貴女も3人も引き連れているんだ。1人くらい、構わないでしょう」

 ボディーガードという言葉を四恩は1000回ほど、頭の中で繰り返した。いくら時間がないとは言え、彼女の存在の説明のために、それは短すぎると結論した。「貴様より彼女の方が人望があるみたいだな」と引き続き悪態を付いている女の、黒いロングコートの下の黒いカーゴパンツはともかく、上は黒いチューブトップだった。四恩はその対照に、自分の服装のことを忘却して、目眩を覚えそうになった。エロティシズムとは禁止と審判の終わりなき相克のことだった。

「で――」

「ああ、あの服装。服装が気になりますか。彼女は貴女たちの、東堂さんや石嶺さんの、さらに一つ前の世代の身体拡張――」

「貴様に自殺願望があったなんてな……」

 女が煙を吐きながら、小さな声で言った。

 武野は四恩を見下ろしたまま、僅かに肩を上げて、下ろした。四恩は「貴様」という二人称の指すものが自分ではないことを確認して溜息を吐いた。

「ま――」

「良い質問ですね。何故、このような時間が成立するのか。同時多発テロが起きています。同時、多発、テロです。関東圏にすら、限定されません。全国の、人口密集地帯では何処でも。私が得た最新の情報では、今現在、この列島で実に33人の身体拡張者がバーストゾーンに移行し、さらなる生成変化のためにカロリーを摂取すべく人間を殺して回っています」

〈事実みたいだね。報道管制が敷かれているけど、警察と自衛軍の車両の走行数増加は隠せない〉

 驚きはなかった。あの〈三博士〉が予期し、今一度、基地の外へ出るように四恩を操作しようとしたのと同様に、四恩もまた、予期していた。基地の警備がすっかり手薄になり、追ってくる者もすっかり少なくなっているだろうということは――。

「そして貴女には重大な犯罪を行うことの合意、または組織的な犯罪集団の活動への参加の容疑があり、私が彼女たちに護送を依頼しました」

 驚きは――あった。少し、だけ。振り返ると3つの顔が四恩のことを見ていた。顔のいずれも、ただ、見ることしかしなかった。彼女は今、彼女たちの代表となった。

〈言え! 言っちゃえ!〉

 三縁の声援を聞きながら、四恩は言った。

「武野さんの、欲望は何――?」

 武野は彼女の言葉を遮らなかった。そして、素直にも、言う。

「私の欲望、ですか。私は、この国を支配したかった」

 ふっ――。

 武野の「ボディーガード」の女が背中を丸めて吹き出した。

「私は、この国を支配したかった。現代国家は基本的に行政国家であり、そして行政国家において最も強力なのは合法的に暴力を行使し、逮捕権を持つ警察組織だ。警察官僚、内務官僚になれば、この国を支配できる――そう考えてキャリアプランを組んだが、内閣人事局が発足して以降、日本の官僚組織もすっかり猟官制に近づいてしまった。クルクルパーのクズどもが、上の方に行くようになってしまった。それから『テロ』。軍隊が警察化した。私はキャリアの墓場に行くことになった」

 普段もそのくらいの声量を出せ馬鹿、と女ボディーガードが笑いながら言った。

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