3-2-4-3

 車を降りようとする前に、東子からポシェットを渡される。その重量感から、磐音は中に入っているものが拳銃であると確信する。

「必要になりますかね?」

「みんながみんな、性格が良いとは限らないから」

 ポシェットを肩に掛ける。車を降りる。銃口を向けられているのが、わかる。誰かの叫び声も。

 とまれぇえええええええええええええ――。

 それは既に環境音の1つに過ぎない。構わず、歩き続ける。黒衣の兵士たちが騒然とし始める。黒い目隠しをした少女が彼らの混乱を恥じるようにして、ゆっくりと磐音の方を向き、会釈する。彼女も会釈して応じる。

「四恩さん、迎えに来ました。行きましょう。東子も待ってますよ。仲直りしたいって」

「わた、し、も――」

 四恩が死にかけた小動物の発声法で応じる。磐音は抱きしめたい、と思う。殴るのも楽しいかも知れない。しかし、それより今は――。

「そちらの方は? まさか、四恩さんの妹ではないのでしょう? わたくしは石嶺磐音。貴女のお名前は?」

「友永鏡子」

 四恩の背中に隠れた少女が頭頂部だけ出して、小さな声で答えた。その自己紹介に、四恩はまるで泣き喚く子どもを前にした大人のような、微笑とも苦笑とも取れぬ、微少の笑みを浮かべた。

「もしかして、鏡の子と書いて、鏡子? 三島由紀夫作品に出てくる人のお名前みたい」

 ひうぃっひひー。

 鏡子は、ちょうど磐音が三島由紀夫という単語を言い終えたところで、馬のように笑った。

「それじゃあ、四恩さん、鏡子、行きましょう。きっと私たちの行きたいところは同じですよ。方法は違ってもね。自動運転車じゃない、東子の運転する車ですよ。揺れが凄くって楽しいですよ」

「ちょっと、よろしいですか」

 四恩と鏡子の手を取った磐音に、黒い目隠しをした少女が言った。道でも尋ねるような、気安い呼びかけだった。だったが、その手にはいつの間にか拳銃が握られており、その銃口は磐音に向いている。

「はい、何でしょうか」

「貴女は、何者?」

「わたくしは石嶺磐音。ええっと、プーです。誇り高き、プー」

「はぁ? プー? 先輩、貴女のファンて、どうしてもいつもおかしい人ばっかりなの? まともなのは、わたしだけね」

 まともとは――、と四恩が地面に向かって呟いた。

「貴女も四恩さんのファンなの?」

「そう、そう。止めに来たの。わたしは、視覚情報に頼らないで活動可能だから。相性が抜群なの」

 磐音はもう四恩と鏡子の手を放している。2人の小さな足音が聞こえる。「馬鹿! 阿呆! 間抜け!」という東子の声は、彼女たちが車に乗り込んだことの証明だ。

 とめっとめっとめっとめっ――。

 外野が指示を飛ばしているが、黒い目隠しの少女は動こうとしない。

「止めなくていいのですか?」

「別のファンを連れてるとも、別のファンが迎えに来るとも聞いていなかったからね。もう、私の処理できる状況じゃない。でも、努力はしないと――。少なくとも、努力したということはアッピールしないと――」

 少女が、腕を伸ばす。拳銃の銃口が、さらに磐音の額に急接近。確実に命中させるために。

 彼女の自身の射撃能力への僅かの疑いこそ、磐音には無限にも等しい時間。その間に、磐音はポシェットから拳銃を取り出している。クラシカルな超大型拳銃――デザート・イーグルが磐音と彼女との間に出現している。

 ほぼ同時に、射撃。少女と少女が、お互いに、回転するように倒れて、距離を取る。

 頭が重い、とだけ磐音は思った。彼女は弾丸の重さを感じている。それが掻き混ぜた頭の中の血肉を想った。最近、撃たれてばかりだ、と思い出した。笑みがこぼれる。それは哄笑にすら近づく。

 あっはっは――。

 げっはげっはげっは――。

 肺を撃ち抜かれた少女も、既に笑い声を響かせている。ただし、自分の血液で嗽しつつ、咳込みつつ。

「続けますか?」

 再生を始めた肉が異物を額から排出した。

 ちゅぽん――。

「続けましょう」

 過剰に流れる血液から胸から弾丸を取り除いた。

 どろりん――。

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