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 いや――。

 気温が数度、実際に低下しているのだ。東京特別区を出て、東京都内と思ったこともない自治体を通り抜け、彼女たちは埼玉県飯能市にまで移動を終えていた。今はもう、その昔に大量の木材を提供していた山を切り開いた団地にまで入っている。

「美杉台、ですって」

 何となく、地名を呟く。若干、東子の反応を期待しつつ。けれども彼女はもう、道路の先の先を見据えている。

 道路の両脇にはもう、マンションの姿はなく、工場がその口を開いて、労働者を出し入れしている。スペイン語さえ、聞こえてくる。日本人が中国や米国へ出稼ぎに行くのと入れ替わるようにして、あるいはそうやって製造業に従事する日本人を押し出して、その空白を南米の破綻国家から逃げてきた人々が埋めているのだ。

 やがて工場も姿を消すと、長い道路は両脇どころかその上空さえもが静寂に支配される。景色にはもう、ただただ高く、分厚い壁だけが拡がるようになる。その壁の向こうこそ、<137>の基地だ。そして恐らくは、その地下も。もちろん、この道路の地下も。

 しかし出口のない基地はなく、ゆえにこの壁にも中断はある。壁と同じだけの高さと厚みのある門が、壁と壁の間に聳えて立っている。磐音は思わず門の最上部を見る。だがさすがに「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」とは書かれてはいなかった。それどころか、今は開門している。

 開門して――開門していない。人間による肉の門によって、閉ざされている。警察機動隊を想起させるライオットシールドを構えた、全身黒、顔までも黒のフェイスマスクを着用する兵士たちが門の前で横一列に展開している。その足は、次の一歩を踏み出すべきかで悩み、爪先に全体重を乗せている。

 その周囲には基地内へ入れないため、車両の数台が路肩に縦列駐車している。運転手――あるいは、正確には運転席の座り手は誰も窓から顔を出していない。門前で起きていることの異様に、彼らの訓練された第六感が車内へ籠もることを要求しているのだ。

「四恩さん!」

 眉間に顔面の部品を集中し始めた東子に代わって、磐音は叫んだ。黒の横一列の前、1人の少女と2人の少女が向かい合って立っている。

「四恩さん!」

 見知らぬ少女と姉妹か何かのように手を繋いだ四宮四恩がこちらへ顔だけ向ける。空いている手を頭上にまで上げて、手を左右に振る。

「少し明るくなったような気がします」

「吹っ切れたか……もしくは躁状態ね、ある種の」

 四恩の肩越しに、警戒感を剥き出しにして、彼女と手を繋いでいる少女もこちらを見る。スマートレティーナを装備していないため、もちろん何の情報もない。ただ、とにかく異様に澄んだ目をしている。磐音は思わず目を逸らし、四恩と向かい合って立っている少女を見る。

 彼女は黒い布のようなものを頭に巻いて、その両目を完全に隠している。磐音は何だか顔が熱くなるのを感じる。彼女の肌の陶器のような艶やかさのために、一層、そう……無抵抗にも弄ばれている少女の姿を想起する。それでも、彼女の<137>の制服には何の乱れもなく、ため息には何処か演技的な、余裕のようなものすら感じられる。

 東子が道路の真ん中で車を停める。エンジン音はまだ、続いている。

「連れてきて」

「一緒に行きましょう。喜びますよ、きっと。四恩さんて、貴女に懐いていたもの」

「渋谷で何されたか忘れたの? あの子は、わたしたちとの協力関係を放棄して、昔の男の後を追ったのよ。貴女、物凄く性格が良いわね」

「嬉しい。そんなこと言われたの初めて」

「褒めてない。わたしはね、あの子をぶん殴るつもりだから。不意打ちで、ぶん殴るわ。あの馬鹿、わたしたちの流儀を外部注入してやる」

「ああ、仲直りの儀式ですね? 私の分もどうぞ。2回殴れますよ」

「貴女、物凄く性格が良いわね」

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