3-2-4-1 非行少年の結集体

 冷たい風が髪を撫でる。その愛撫に、石嶺磐音は微睡みを継続しようと思う。半ばまで開いた瞼を再び、下ろす。過ぎ去ろうとしない過去のために、彼女の眠りは浅かった。

「もう着くわよ。起きなさい」

 東堂東子の風よりも冷たい声。

「もう少し……」

ぬるにせず、と孔子も言ってるけど」

「続けて、居るにかたちづくらず、と仰っていました。知りませんでしたか?」

「ここ、貴女の家じゃなくて、私の車よ」

 リアウィンドウがさらに下りた。風の乱暴な手が、磐音の髪を掴んで彼女の顔に貼り付けていく。

「んもぉ! やっぱり自動運転車AVで来れば良かった。何ですか、この前時代的な車は。排気ガスまで出して。論語はともかく、エコというのはご存知?」

「エコ……エコはね、ブルジョワの精神安定剤」

「そうやって何でも大喜利の題材にしていると、ちゃんとした大人になれませんよ」

「大人なんかになれるわけないでしょう! 成人仕様の身体にする前に死んでるわよ!」

 ぎゃははははははは――。

 二人分の笑い声が風を押し返す。

「でも本当にどうして、こんなクラシカルな車を?」

 磐音は今、日本人の苗字をそのまま社名にしている会社のジープに乗っている。往年のSUV、スポーツ用多目的車、きっとまだ男性が核家族の最大にして唯一だったころに、世のお父さんたちが僅かの野生を解放するために乗った車――。運転しているのは、東子。ハンドルのグリップか悲鳴をあげている。

 みちみちみちみちみち――。

「物凄く簡単な話なの。これじゃないと人が轢けないでしょう。AVの設定ファイルを弄る時間もないし」

「自動運転車が一般化して間もない頃は道交法違反者を轢いていたらしいですよ。存在しないはずの人間だから、って」

「ボディが駄目なのよ、AVは。古いやつもね。凶悪さがないもの。言っとくけど、人を轢いた時が最高なのよ、この車は! カンガルーとぶつかった時を想定してバンパーが付いてるから、これで人間の身体をバラバラにできるというわけ」

「それは最高ですね」

 ぎゃははははは――。

 哄笑の後にも続く、身体の、内部からの振動。恐らくは、武者震い。

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