3-2-3-1 少子化・石嶺磐音・虐待死
石嶺磐音は自分が父親に灯油をかけられ、ついに火を点けられた日のことを正確に覚えていた。それは、ちょうど彼女の弟の誕生日だった。彼女より先に灯油をかけられ、ついに火を点けられて死んだ弟の、誕生日だった。その強烈な記憶のアンカーが、記憶の劣化という人間最大の精神の保障機構を機能させることを、彼女に許さなかった。
誕生日を祝うような習慣は既に絶えてなく、彼女の弟はやはりその日も顔を殴られていた。ただ、違ったのは、その日は打ちどころが悪く……しかし幼い少年の小さな頭部に良い打ちどころも何もあるのだろうか……瞼が切れて、派手に流血してしまった。「してしまった」。彼の瞼から流れて顎に集まった血液は、カーペットに落ちた。父親はそれを彼がカーペットを汚したと判断したらしく、唸り声とともに今一度、彼を殴打すると、髪を掴んで風呂場に連れていったのだった。その後に起こることを予感した磐音は耳を塞いで、狭小な住宅が可能にする限りの距離を取ろうと、部屋の隅に移動して蹲った。
――第2の記憶のアンカー。誤った判断についての悔悟、それから僅かに抱いた、今日も自分は殴られなくて済みそうだという感情があったことについての、吐き気を催すような猛烈な自己嫌悪。
その日の叫び声はあまりに大きく、磐音に初めて毛布を使わせた。彼女は消音のためにそれを被った。それは、彼女が父親に殴られないために、彼の性器を口腔に含んでは出すという行為をする時にも使っているもので、彼の出す精液の臭いに一瞬、吐きそうになった。けれども、それも一瞬の、ほんの一瞬のことだった。
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