3-2-2-3

 早口に語る釜石は右手の拳と左手の拳を胸の前で縦に回転させている。それがどうやら、哀れな子どもたちが哀れな殺し合いをする状況を示すジェスチャーであるらしい。その意味するものと意味されるものの乖離に――「〈還相〉は何故あんなにも優れたデザイナーなのだろう? 四宮くん、君も現場でよく見ただろう? 生成変化して、人間を超えてしまった者たちの姿形を……」――四恩の視界は真っ赤に染まる。それはいつか流されるはずの、目の前の男の血液の代理表象だ。

「結局ね、愛なんだよ、最も大事なのは」

「愛だと?」

 咄嗟に、何処かで誰かから学んだ口調が出てきた。

「愛だよ。それしかないだろう、こうなったら? 実際、僕たちは実験を繰り返したが、いずれも愛というメディアを使うことはなかったからね」

「『愛にできることはまだある』――?」

「『愛は結びつける。永遠に結びつける』。知らなかった? 教えてもらわなかった? ともかく、それで僕は四宮くんと奥崎くんに白羽の矢を立てたというわけだな」

 ばしっ――。

 貫頭衣の布と布とが強く打つかったために、大きな音が生じた。四恩よりもよほど興奮しているように見えたカムパネルラが、今や無言で、しかし一個の鎖のようになって、四恩を羽交い締めにしている。釜石が振り返って、四恩を見る。

「かく言う僕は童貞でね――。愛の観測は本当に難しかった。今でも自信がない」

「見たの――? 見てた、の――?」

「何もかも」

 短く、それだけ言って、釜石は再び高度身体拡張者の2人に背中を向けて歩き始めた。

「ありがとう――」

 四恩がお礼を言うとカムパネルラは彼女を離した。それから四恩の手を取った。羽交い締めにされるよりも、彼女にとってはその小さな手の温度の方がよほど強力な拘束だった。誰も彼も、好きにすればいい。わたしも、そう、するから――。冷たい水を浴びた直後のように意識が明晰になっていくのを、彼女は感じた。

「そうだ。冷静になれ、四宮くん、『君は悪から善を作るべきだ。それ以外に方法がないのだから』」

 あまりにも長すぎた洞窟にも、しかし果てというものは確かにあった。強い光がまずは先頭の釜石をその内部に飲み込んだ。四恩とカムパネルラは歩幅を合わせて、同時に光の中へと入った。

 そこは実に狭小な部屋だった。部屋の容積そのものは地下であることを忘れかけるほどあったが、その内部を円柱の数々が満たしていた。

 部屋の奥へ奥へと進んでいく釜石がようやく一本の円柱の前で立ち止まった。

〈釜石くん、なんで連れてきたの?〉

 水晶のように輝かしく、アセクシャルな声が非難するように尋ねた。四恩は、その声が三島三縁の声であることはすぐにわかった。

「来たいって言うからさ……。泣く子と地頭には勝てないよ」

〈四恩ちゃん、泣いてたの?〉

「泣いて――ない、よ、三縁」

〈泣いているの?〉

「ん――」

〈仕方がないな。それなら、仕方がない。ところで、一緒にいる彼女は? ぼくは三島三縁。君のお名前は?〉

 カムパネルラが「アリシア・クラリー」と答えて、三縁が〈漢字は?〉と聞く間に、四恩は円柱の中身を見た。それは円柱ではなく、円柱型の水槽だった。限りなく透明に近いブルーの液体が内部を満たしている。そして、その液体と水槽の上下から伸びる無数のケーブルに全身を包まれるようにして、人間が目を閉じて眠っている。年の頃は――12、あるいは11、あるいは10――。少女とも少年ともつかない、まだ生物学的な性差からも自由であるような年の頃――。

〈それが、ぼく。人体模型みたいで怖いでしょ〉

「きれい」

 水槽へと手を伸ばす。分厚くて冷たい強化硝子を越えて、本心からそう言ってるのだとわかってもらうことを祈りつつ――触れる。

 それでも、全身の皮膚を剥がされた三島三縁の肉体は目を閉じて眠り続けたまま。

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