3-2-2-2
洞窟のような道で釜石の声が反響する。四恩は疲労のためにそれが殆ど読経のように聞こえてくる。
「この問題はウィルスであるところの〈還相〉でも同様に生じることになる。実のところ我々は安定的に〈還相〉を生産できたことは、ない。それでも掻き集めた人々にこれを次々と投与することができているのは、現に『毒性』を発現している〈還相〉を仕事にあぶれた身体拡張者、高度身体拡張者から回収しているからだ。しかし、これこそが〈還相〉のアポリアなんだよ。というのは、〈還相〉は侵入先の免疫システムと構造的カップリングを開始する直前にその分化がリセットされてしまうんだ。つまり、四宮くんの身体を駆け巡る〈還相〉を僕に投与しても、僕は光そのものを見るような素晴らしい体験をすることはないということだ。そして四宮くんの身体を駆け巡る素晴らしい〈還相〉は量産できない! 光そのものを見るような体験は『毒性』だからだ!」
「子どもなら――」
「そう! それなんだよ」
釜石の大きな声に、カムパネルラがその場で小さく飛び上がった。四恩は彼女の魂を地上に繋ぎ止めるためにその手を取った。
「僕たちはそれに賭けた。いや、賭けたかった。まず体外受精を試した。しかしこれがもう完全に失敗だった。体外受精というのは……まあ卵子に管を刺して精子を注入するのだが、刺した瞬間に〈バーストゾーン〉が現象し、精子を殺してしまった。顕微授精も駄目だった。これは……シャーレで卵子と精子を混ぜるのだけども、これも〈バーストゾーン〉が現象して、精子が死滅した。だから、単純に性交させることにしたんだな。だが、単純に、というのがいけなかった」
「ん――?」
「間違いなく強制性交等罪を構成するような性交をさせたんだ」
「あなたたちは――頭が、おかしい」
ふぅーっ、ふぅーっ、ふぅーっ――。
隣を歩く少女の荒い息遣い。顎を引いて、上目遣いに釜石の後頭部を睨んでいる。それから、歯ぎしり。ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり――。
「これはもう最悪だったよ。殺し合いになってしまった。彼と彼女は〈137〉に忠誠を誓ってはいたが、無意識まではコントロールできるはずがない。コントロールできない意識の働きを無意識というのだから、定義上、そうなる。彼の性器が彼女の粘膜に触れた瞬間、彼女の方で〈バーストゾーン〉が現象し、それに呼応して彼の方も〈バーストゾーン〉に全面的に移行し、見たこともない生き物同士が実験室を改造したベッドルームで殺し合いを始めてしまった」
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