3-2-2-1 身体のない子どもたち

 釜石は床や天井や前方に向かって話し続けている。四恩とカムパネルラはその後を並んでついていく。

「僕ら3人の博士号取得者たちがマスコミから〈三博士〉と呼ばれるようになったのは、1人が分子機械を実現したからであり、1人が環境管理型権力を全国的に実装したからであり、1人が新自由主義者たちにさえ吐き気を催させるような文化と経済の効率化を実施したからであり、その三位一体が今日のこの国の最も基底的なプラットフォームになったからだ。つまり僕たちが救国の英雄だったからだ。しかし僕たちは国家に奉仕しているつもりはなかった。国家に奉仕させているつもりだった。若造だったからね……。それぞれに想像の共同体では想像できないような夢を持っていた。いや……持っている」

「先生の夢は――わたし、と、奥崎くんのセックスを、見る」

「君の卵子に彼の精子が入り込むところなら観測してみたいが……。僕の夢はね、僕の夢は、人類を宇宙に進出させることなんだ。君、『スター・トレック』を見たことは? モンモランシー、君は?」

「『艦長日誌、宇宙暦50893.5。私が6年間恐れてきたことがついにやってきた。最強の敵ボーグが、ついに連邦への侵略を開始したのだ』」

「うん。それだ。素晴らしい」

 くしゅくしゅくしゅくしゅくしゅくしゅくしゅくしゅ――。

「宇宙で人間はその周囲の全てを敵に包囲されることになる。まずそこは無重力で、それから冷たくて、そして何より遺伝情報を一瞬で破壊するような量の宇宙線が飛んでいる。僕は身体拡張技術で人間が宇宙でも活動できるようにしたかったんだ」

「セックスの話は――?」

 ティーンエージャーの女の子がセックス、セックスと連呼するのはいただけないな……と呟きながら、釜石が小さく会釈して、さらに加えて小さく手を振った。3人の脇をいつか見た白兎が通り過ぎて行った。去り際に「釜石先生が3人」と四恩に囁いた。

〈137〉の基地はその地下に広大な空間を有していた。四恩とカムパネルラがついさっきまでいた地下牢獄もその上には基地があったのだし、三縁と初めて会った場所もその上には基地があったのだし、そうして今、三縁の所へ案内しようと言った釜石が進んでいく道もその上には基地があるはずだった。

 三縁は彼と同じ境遇の――身体のない子どもたちが充満する部屋から追い出されているらしい。そして、それは明らかに、考えるまでもなく――四恩の冒険に付き合ったことへの罰だ。

「生物兵器というのは量産が難しいんだよ。リチャード・ドーキンスも啓蒙科学書で書いているだろう。ドーキンスはわかるかな? 僕の若い頃はよく本屋で平積みされていたけど……」

「本屋って――本を売るお店? 本だけ――?」

 わたしそれやりたい、と四恩はカムパネルラに言った。カムパネルラは四恩に低い声で「『誰かが始めなければならない。他の人が協力的ではないとしても、それはあなたには関係がない』」と言った。

「生物の最も本質的かつ基本的な機能は自分の設計図の複製を広めることなんだ。生物兵器にとって最も本質的かつ基本的な機能――諸々の毒性といったものは全く重要ではない。だから例えば、ペスト菌やコレラ菌をだよ、実験動物の体内で安定的に複製し続けると、世代交代の度毎に、余計な機能――人間にとって毒性であるとか、感染症とか言われるような現象を引き起こす機能は漸次消滅することになる」

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