3-2-1-2
警報の一つすら鳴らない。地下牢獄が純粋な拡声器と化す。反響する。
ぎんがすてえしよおん、ぎんがすてえしよおん、ぎんがすてしよおん。
カムパネルラが四恩の引き摺っていた男の手と首を掴む。引っ張る。持ち運びに不便なので腕を切り離そうというつもりらしい。過激だな、と四恩は思う。彼女はカムパネルラを無視して、そのまま拡声器の中心へと向かう。カムパネルラ、小さくため息を吐いて、解体を諦める。
警報もなければ、施錠方式の、暗号の変更すらない。債務人間の虹彩と指紋は彼女たちを地下牢獄から出るために十全に機能した。全ての独居房の入り口を見ることのできる柱は、同時に昇降機のレールでもあって、それが彼女たちを地上階にまで運び出した。
「『一旦飛び出したからは、もうどうあつても家へ戻る了簡はない。東京にさへ居り切れない身体だ。たとひ田舎でも落ち付く気はない。休むと後から追つ掛けられる。昨日迄のいさくさが頭の中を切つて廻つた日にはどんな田舎だつて遣り切れない。だから只歩くのである』」
地上に頭を出す同時に銃口を見ることになる――四恩はそう予測していたが、昇降機の終わりは巨大な部屋となっていて、そうしてそこで白衣の男が立っていた。
「食事を与えたら意識を奪われるなんてね。彼には可哀想なことをしたな」
歯茎を剥き出しにしながら笑っている。「『今考へると馬鹿々々しいが、ある場合になると吾々は死を目的にして進むのを――』」カムパネルラ、独言を途中でやめる。四恩の貫頭衣の裾を人差し指と親指だけで小さく掴む。白衣の男――釜石透がその笑みをさらに深くする。
「誰かを連れてくるなんて、予想できなかった。彼女は……その、誰かな。君、名前は?」
「モンモランシー」
カムパネルラとは何だったのか、と四恩は思う。
「『モンモランシーの顔つきには、一種、ああこれは何という邪悪な世界だろう、これを改良し上品にできたらいいのだが、といった感じが漂っている。これは敬虔な紳士淑女の眼に涙を浮べさせるものである』」
釜石が呪文を唱えた。カムパネルラの顔を見ると、目を丸くしている。四恩は中年と少女とが見つめ合っているのを見ることになる。
「仕事の話――をしませんか?」
四恩は抱えていた債務人間の身体を床に投げた。視線による会話を邪魔されて、少し不機嫌そうに聞き返される。
「仕事? 地下牢獄で寝ていた君が仕事の話か……」
「わたし自身の、命令で、ここに――来ました」
「なるほどね……。それは素晴らしい」
「三縁に、会い、ます」
「グッド! ますます素晴らしい。モンモランシー、君は」
「『ほかにも、二人の犯罪人が、イエスと一緒に死刑にされるために、引かれて行った』」
「グッド! 良いね。とても良い。皮肉が効いてる」
くしゅくしゅくしゅくしゅ――。
風船から断続的に空気が抜けていくような音を聞いた。それがカムパネルラの笑い方だった。
2人の犯罪人――四恩とカムパネルラは釜石から白衣を受け取って、それを羽織った。部屋の、遥か遠くにさえ見える壁にかけてあった物を、彼が拝借したのだ。さらに彼は、その胸ポケットに突っ込んであったIDカードケースを恭しく彼女たちの首にかけた。
「釜石先生、あなたは――なにがしたい、の」
「僕? 僕はねえ、君と奥崎くんにセックスをして欲しかったんだ。セックス。わかるかな? 性交すること」
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