最終部 更新された世界

3-1-1-1 天と地の間にはお前の哲学では思いも寄らない出来事が

「斯て後ヨブ口を啓きて自己の日を詛へり」

 声が聞こえてくる。その声が一呼吸置いて次に言うことを、四宮四恩は完全に暗記していた。覚えようという意志はなかった。意志はないが、回数があった。もう何度聞いたかわからない。

「ヨブすなはち言詞を出して云く」

 四恩が先んじて言うと、声はさらに先を言った。

「我が生れし日亡びうせよ男子胎にやどれりと言し夜も亦然あれ」

 四恩と声は一節ずつ、交互に、会話するように、『ヨブ記』を暗唱した。

「その日は暗くなれ神上よりこれを顧みたまはざれ光これを照す勿れ」

「暗闇および死蔭これを取もどせ雲これが上をおほえ日を暗くする者これを懼しめよ」

「その夜は黑暗の執ふる所となれ年の日の中に加はらざれ月の數に入ざれ」

「その夜は孕むこと有ざれ歡喜の聲その中に興らざれ」

「日を詛ふ者レビヤタンを激發すに巧なる者これを詛へ」

「その夜の晨星は暗かれその夜には光明を望むも得ざらしめ又東雲の眼蓋を見ざらしめよ」

「是は我母の胎の戸を闔ずまた我目に憂を見ること無らしめざりしによる」

 うるせえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ――。

「黙れ! この! 黙れ! お前ら! うるせっ! うるせっ! うるせっ!」

 別の誰かが叫んだのでセッションは一時中断。

 四恩は最もな指摘だと思い、口を閉ざす。目を開ける。朗唱のために、すっかり覚醒してしまっていた。怒鳴られたことよりも、その覚醒で彼女は声を出したことを後悔する。起きているには、ここの環境は最悪だった。意識を、失っていたい――。せめて――微睡んでいたい。

 

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