2-2-9-2

 その小気味よい音を、奥崎は空気の振動として、そして体液の振動として、二重に聞いた。

 たんったんったんったんったんったんったんっ――。

 聞き続けた。何から驚けば良いのか、彼は迷った。接近を許したことから、拳銃の使用を許したことから、あるいは――あるいは、この激痛から。金属の塊が骨と肉と血の混合物を作り、そうして端から焼いていくことによる激痛から。

「痛みを感じるのは、いつ以来のことですか?」

 今や彼を見下ろしている少女の、彼の腹部を踏みつけながらの質問。

「アレッポに駐留した初日……」

 今や彼女を見上げている少年の、涙しながらの返答。

 少女が怪訝な顔をする。とはいえ実に一瞬のこと。手首の僅かの動きで即座に銃口を彼の腹部から頭部へと移動。

「アレッポに駐留した初日……子どもがいて……僕が野営した雑居ビルに遊びに来て……きちゃだめだよって……でも聞いてくれなくて……ナツメヤシの実をくれて……ラマダーンだからって……マグリブの礼拝が日没直後だからって……その時まで食べちゃ駄目だよって……でも僕はムスリムじゃないからって言って……そしたらじゃあ今食べてよって……それで食べたら美味しくって……美味しいねって言って……ここに住んだら毎日食べられるよって言ってくれて……毎日なんて凄いねって言って……ごめん毎日は嘘って彼が笑って……アザーンが聞こえてきて……」

 アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)、アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)、アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)、アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)、アシュハドゥ・アッラー・イラーハ・イッラッラー(アッラーの他に神はなしとわたしは証言します)、アシュハドゥ・アッラー・イラーハ・イッラッラー(アッラーの他に神はなしとわたしは証言します)――。

「礼拝の時間だって……出ていって……通りでスカッドの爆炎で蒸発して……」

 アザーンから爆発音までを奥崎は現在の過去として聞いた。もう銃声は聞かなかった。少女の大きく開けた口が何を言っているのかも聞かなかった。彼は情報の遮断こそ精神の安定に不可欠であると確信していたのだった。彼はその高度身体拡張者としての能力で鼓膜が空気の振動を電気信号に変換する過程そのものを操作していたのだった。

 彼はもう立って、この闘争領域の外へと歩き始めるだけで良かった。彼の腹の中に留まっていた銃弾と彼の額のすぐ前の宙空に留まっていた弾丸とが、今度は拳銃を持っていた少女の腹と額に殺到して、彼女を地面に倒していたからだった。

 肉体の再生はまだ終わっていない。それは必ずしも彼が腹の穴に指を入れては引き抜いているからだけではなく――〈還相〉の機能の低下のためだ。大規模な〈調整〉が必要だった。彼の自然身体と〈還相〉の構造的カップリングを維持するための〈調整〉が――。

 自衛軍の兵士たちが彼の脇を通り抜けていく。立って歩けている彼より重篤な者は幾らでもいる。兵隊はトリアージの専門家でもある。

 1台の救急車が奥崎の前で停車する。その救急車はトリアージの専門家を乗せていない。白いヘルメットに白衣の者たちが、彼を囲む。彼に傅くために。彼は貴賓のように彼らの接遇を受け入れ、ステップをゆっくりと上がり、車に乗り込む。ストレッチャーはなく、ベッドが置かれている。彼は血塗れのままそこに寝転がる。

 四宮四恩の未来を想像する。四恩は良き友を持ったのだろうか。そうでなければ、ロードローラーを投げた彼女も、彼に痛みを思い出させた彼女も、それぞれの闘争領域を生き残るために四恩を売ることになるだろう。そのために助けたと考えるのが――自然というものだろう。彼女が良き友を持ったと考えるよりも――。幽霊を追う者はこの唯物論の世界では精神異常者そのものとして扱われるだろう。しかし兵器を裁判にかけることはできないし、兵器の精神鑑定もできないだろう。

 だから彼女は地下の地下の地下に閉じ込められることになるだろう。

 アレッポで聞いた言葉を思い出す。

「中世シリアの法学者イブン・タイミーヤは、真理の徒はどこにいるのでしょうと尋ねられて、答えた。『既に死んで地下にいるか、あるいは牢獄に、あるいは戦場に』」

 とにかく今は四宮四恩に休息を――。



《第二章終わり》

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