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〈還相〉の保障機構が作動する。それは彼女に意識の喪失を許さない。だが彼女の手足はその断面を剥き出しにしたまま。〈還相〉が負傷した部位を再生するより速く、奥崎が彼女の手足を絶え間なく爆裂させている。
うぇえええ――。
四恩は遥か彼方からの声のように、自分のそれを聞いた。失血とショックで嘔吐しているのがわかったのは、胸元に集まる吐瀉物の雫のためだった。
「〈還相〉という名前には何の意味もないと思っていなかった? ぼくは思っていた。どうしても名前が思いつかなくて、昔読んだ仏教書か何かから引用したのかなって――。でもね、そんなことないんだ。〈バーストゾーン〉という言葉を思い出して。それは〈還相〉の暴走のことを指しているわけだけれども、空間のアナロジーを使っているよね。そしてそれらのアナロジーは基本的に事実を的確に記述していると言えるんだ。何故なら〈高度身体拡張者〉とは、〈バーストゾーン〉に行って還ってくる者のことだから。〈バーストゾーン〉に行って還って来て、この世界を救う者のことだから」
白濁していく視界の中、四恩は手足のない少女の姿を見た。それは昔の彼女自身であり、今の彼女自身であり、そして小林小町でもあった。手と足が爆発して、すっかり小さな身体になった小林小町が、ちょうど四恩と同じように、肩を地面と水平にして、不可視の十字架に磔にされて浮遊していた。
2つの十字架は奥崎の周囲を円を描きつつ漂う。
「これは、ぼくらと同じ高度身体拡張者だ。まだ〈バーストゾーン〉へは、完全には移行していない」
うっうっうっうっうっうっうっうっ――。
白目を剥いた小町が呻くたびに、彼女の両手足の断面から鮮血が吹き出す。
ぴゅっぴゅっぴゅっぴゅっ――。
奥崎は小町から〈137〉の制服を剥ぎ取る。それはもう既に、血と汗で貼り付いていただけだった。小町の腹部が露出する。彼女の白い肌を、奥崎の指が撫でる。ただそれだけのことで、メスを使ったかのように、彼女の腹の中、内蔵が露出する。四恩は胃と大腸と小腸の重なりを見た。
ああ――。
小町の弱々しい悲鳴。奥崎が彼女の大腸を掴んでいる。掴んで、引きずり出す。千切れた大腸が脱水されたそら豆と蒟蒻とその他諸々を吐き出す。恐らくは小町の朝食だったもの。次に胃へと手を伸ばす。次に肝臓。そして最後に心臓。
はっはっはっはっはっはっはっはっ――。
吐血しながら荒い呼吸を繰り返す小町の心臓は、しかしまだ全身へと血液を、そしてなにより〈還相〉を送ろうと鼓動している。奥崎は弱々しく脈打つそれを掴んで握り潰す。
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