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 唾液を飲む。液体が喉を抜け、食道を降りていき、胃の底で落ち着くのを感じる。

 四恩は自分が気は確かであることを証明しようと思った。だが、できたのは胸の前で両手の平を合わせたりすることだけだった。観察するシステムは何が観察できないのかということを観察できないということを観察できない。自己を観察する者は自己を観察する自己を観察することができない。

「気が、なに――?」

 気が何だというのだろう。真理はどんな狂人が述べようとも真理だ――。

「気が、なに――? 全然、重要で、ない。そんなこと。わたしと、奥崎くんには、需要がある――。〈137〉の大人たちは――わたしの帰りを待っている――奥崎くんの帰りを待っている――こんなに大騒ぎしたのに――奥崎くんは不可視のまま。奥崎くんのことを守りたい、人が、いるから――」

 奥崎の表情に変化が現れる。こんなことは今までなかった。彼が話を聞く時にこんな態度を取るなんてことは――。奥崎は、あのチェシャ猫の笑みを浮かべている。恐らくは後天的に、誰かから学習したであろう笑みを浮かべている。彼は表情筋を使って三日月を描いたまま、四恩を見下ろしている。

 さらに何事か言うために息を吸い込む。大きな呼吸音。その音が恥ずかしい、と彼女は思う。次に恥ずかしいと思ったことを恥ずかしいと思い出す。こうなると、もう、後は無限後退だ。自分の存在そのものに恥じらいを覚える前に四恩は自分の靴の爪先を見る。エナメル靴が今ではすっかり光沢を失って、血の酸化による鈍い黒に覆われている。

「いるから、何?」

 表情と対照的な、あの絶対零度の声。

 奥崎に話すことを催告されたのも、初めてのことだった。

「いる、いるから――。一緒に、帰ろう。わたしなら、奥崎くんを、守れる。わたし、優等生。わたしたちが、必要だって、大人たちにアピール――する」

 ヒウィッヒヒいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!

 馬が鳴いた。いや、馬などいるはずがなかった。奥崎謙一しかいなかった。奥崎が空を仰いで笑っている。どうやって出しているのか全くわからない声で。

 ヒウィッヒヒいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!

「四宮さん、君は一体どうしてしまったの」

 笑いすぎたために奥崎は涙さえ流している。

「《バーストゾーン》への部分的移行が全面的移行へ変化しつつあることの兆候なのか。あるいは、本当に単に長過ぎる『優等生』生活で君の灰色の脳細胞はすっかり壊れてしまったのか。少し考えてみて。君は馬鹿じゃないはずだよ。馬鹿じゃなかったはずだよ。考えてみてよ。そんなことがありえると思う? 君に帰る場所なんて――あると思う?」

 

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