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本当の眠気を覚える人間はだね――。
とだけ、四恩は言うことができた。
「そういえば眠気を覚えることもなくなったな……」
半眼の、眠そうな目で奥崎は遠くの空を見た。それから、そのまま、遠くの空を見るようにして、彼は四恩をまた見下ろした。
「それで、四宮さんは何をしに来たの?」
聞いたものを凍りつかせる絶対零度の声。返答を期待していない声。返答の内容に何も期待していない声。
なにも、問題、ない、って――。
本当の寒気を覚えた四恩は歯を打ち鳴らしながら答えた。
「何も問題がないのは神様だけだ。問題がなければ人生もない」
そう、じゃ、なく、て――。
自分の声がようやく自分の声として、自分が喉を震わせることで、歯と唇で息の出入り口を変化させることで出している音であると意識できるようになってきた。意識できるように、なってきた――。というよりも、それは〈バーストゾーン〉の齎す殺戮の『桃源郷を彷徨うがごとくの圧倒的至福』の感覚が弱まり始めてきた兆候なのかも知れなかった。
「そう、じゃな、な、な、なく、て――」
とはいえ奥崎は何も変わっていなかった。冷たい声を出す時もあったが、彼は何も変わっていない。四恩は安堵した。彼は昔と同様に、絞り出すような彼女の言葉を聞き取ろうと、静かに待機し続けている。
「わたしと、一緒に行こう――わたし、優等生」
と、内容を適当に誇張しながら、四恩は言った。嘘も方便だ、と彼女は思った。有用な嘘なら――。奥崎が、かつて四恩に独りではないと教えてくれたように、今度は四恩が奥崎に独りではないと教えるためなら――。
「大人は、わたしのことを評価している。わたし、需要が――ある。強いから。わたし、強い。奥崎くんのことも、そう――」
奥崎が死体の絨毯の上から降りる。彼の手が四恩の肩に触れる。彼はちょうど四恩の肩を中心にして、弧を描きながら彼女の右側から左側へと回り込む。彼が四恩の肩から手を離す。彼女は彼の手首と手が彼女の髪にも触れたのを確かに感じた。
「なるほど……」
奥崎の声からはもう、あの冷たさは消えている。なるほど――は、いつも奥崎が四恩に傾聴の姿勢にあることを示すためのサインだった。四恩は上目遣いに、それも自分の側頭部の髪の一房の間から彼の顔を見た。彼も、今や同じ高さに立って、四恩の方を見ていた。
微笑して、もう一度。
「なるほど……」
「わたしたちは、需要がある――! 他の子は、みんな失敗、だった。色々あったの。身体拡張は。機械化するとか、別の生き物の遺伝子を導入するとか――」
胃の収束を感じた。夢が覚めつつあった。あるいは、夢の覚める伏線そのもの。四恩はそう思った。思ったが、彼の気を引くために何もかも売り払うつもりだった。短い冒険の思い出なら、なおのこと。
けれども四恩の覚悟に対し、奥崎は再び絶対零度の声を使って言った。
「四宮さん、君は、気は確かか?」
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