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彼の名前を叫んだ男が2人目の犠牲者。彼は一目散に逃げるべきだった。「田川」という声の最後の母音がまだホール内に反響している最中に、彼の胴体よりも太い触手が彼の上へ落ちた。彼の身体は細かな肉片になった。それから、触手は彼に2度目の死を与えた。その表面から、さらに微細な触手が生成され、床に散らばった肉片からありとあらゆる水分を吸い出して、塵芥にしてしまった。
(『汝は面に汗して食物を食い終に土に帰らん。其は其の中より取られたればなり。汝は塵なれば塵に返るべきなり』)
田川氏の体内を駆け巡る《還相》は、それこそが最も効率的な栄養摂取法であると判断したようだった。3人目も、4人目も、5人目も、誰も彼もが、そのようにして塵芥になってしまった。
残るは四恩の1人だ。
粘液が、滴り落ちてきた。四恩はベレー帽越しにその温度を感じた。見上げた、頭の上。巨大な肉の円盤がゆっくりと降下してきていた。自由落下ではなく触手内部の機構で「落としている」――ということを彼女は結論した。
結論してから、両方の手で拳を作り、渾身の力で床に叩きつける。駄々をこねる子どもみたい――と彼女は思う。
彼女の拳は舞台の板張りを壊して、その内部を露出させた。
彼女の拳は舞台の板張りに壊されて、その内部を露出させた。
皮膚が弾ける。脂肪が震える。筋肉が切れる。骨が飛び出す。
木片を拾ってさらに自分の首に突き刺さそうとする。足りない、足りない。もっと、もっと。
その手は木片に届かない。
むしろ、遠ざかっていく。
ちょうど鋭く尖った割れ目があるのに――。
直後、柱のように肥えた触手が舞台の底の底にまで潜っていくのを見る。
今、四恩は、2本の足で立って、彼女がいた場所を熱心に攻撃する田川氏を舞台の端から見ていた。
彼女は、2つの時間の流れの差異を理解した。彼女の意識と、彼女が観察する世界の時間の流れの差異――彼女の認識能力とその処理速度は、世界の一切が緩慢に動いているように見える水準にまで高まっていた。《バーストゾーン》が、現象していた。
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