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 手袋と手袋の隙間から、赤黒い液体が吹き出す。四恩は自分の身体が今まさに《バーストゾーン》へ移行したことを視覚的に理解する。高血圧すぎる、と彼女は思った。思ってから、《バーストゾーン》とは、人間にとって害となるほどに加速した破壊と創造のプロセスであることを思い出す。

 肌で、衣服で、頭髪で反射する光線の一切を、彼女は把握した。空間に充満する光子と光波とを、どれにどのような形で干渉すれば、誰の網膜上でどのような像を結果するのか、それがはっきりとわかった。そして、当然、太陽炉を生成するには、四恩と太陽の間には障害物が多過ぎるということも、完全に把握していた。

 生物の視覚神経のシステムは、外界に対して閉じられている。閉じられているがゆえに、開かれている。それは、光を光のままに処理するのではない。視覚神経のシステムの要素は光ではない。それは電気信号だ。だからこそ、人は「全て」を見ることができるのだ。光そのものを見たのならば、その無限のスペクトルのために、何も見ることはできないだろう。

 だから四恩のやるべきことは予め決まっている。田川氏がどのような波長を視覚のために用いているのかを、その光から電気信号への変換の過程を観察することで観察すること。

 彼女の視界は、本来ならば入ってくるはずのない光に満たされているがために、ありとあらゆる光景を絶えず、それも同時に見ることとなった。それでも、《バーストゾーン》に入った彼女は、何の負担も感じることはなかった。造作もなく、彼女は彼女を発見しようと周囲を見渡す田川氏の視野を特定した。

 似てる――蛇とか――蚊とか――。

 彼は世界を見るためにサーモグラフィーを採用していた。あるいは、それは今まさに採用したのかも知れなかった。彼もまた《バーストゾーン》に入った身体拡張者だ。聴覚や触覚によっては捉えきれぬほど素早く動き回る少女を触手で串刺しにするために、新しい器官を生成するということは――造作も、ない。

 干渉し、操作し、見たいものを見せる。

 ふうぃふぃふうぃふぃふうぃふぃふうぃふいふうぃふぃふふふふふふふはああああああああふ、はああああああ――。

 女性の甲高い嬌声にも似た声を上げながら、田川氏は触手を前方の床に突き刺しては引き抜くという運動で高速移動。舞台から降りていき、座席の列へと突撃。

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