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作用反作用の法則に従って、彼女もまた後退。制動――同時、後頭部を目指す拳を「見る」。足を開いて、その場にしゃがみ込む。手をつく――片手倒立。エナメル靴をハンマーのように振り回す。近づいてきた2人の男の、また脇腹を、黒光りする踵が叩き潰す。
男達は数の優位を疑い始めている。四恩から再び距離をとる。彼女の周囲をゆっくりと歩き始める。円を描いている。目と目で会話している。その全てを彼女は「見ている」。
見ながら、ゆっくりと息を吐く。吐きながら、ネクタイを緩める。
時間は、彼等に味方する。そのことを理解してすぐ、四恩は息を一気に吐き出す。
だが、その理解こそ、状況への誤解。四恩は、彼女が呼吸に意識のリソースを割いたことを彼等に悟られたことを悟る。
成人男性の長い脚が四恩の左右から迫る。彼女はその足の甲がそれぞれ彼女の頬と肩甲骨を叩く前に、後ろ迫っている男の両腕が彼女へと届くのを「見る」。つまり――少なくとも背中への蹴りはフェイント。
背中側の男の顔面へ裏拳。握り拳の中、それだけが突出した人差し指第二関節が彼の右目を引き裂く。
うぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼううううぼうぼうぼうぼううううううううううう――。
一頻り叫んでから、彼は顔を押さえて蹲る――残り3人。
そのまま百八十度回転。左右から迫る蹴りの、爪先を叩く。軽く、軽く。軌道を捻じ曲げられ、彼等の脚は床を踏む。強く、強く。
自らを自らの力で地面に縫い付けてしまった哀れな彼等の、最も近くにいた男の手首へ踵を落とす。砕けた手首の骨が神経を引き裂き、自然、彼はその手に持った電磁警棒を落とす。
彼が拾い上げようとする前に、彼女こそがそれを拾い上げる。拾って、持ち上げる前に彼の股間に電磁警棒の先端を押し付ける。
あびあびあびあびあびあびあびあびびびびびばあああああああああああああああびあびあびゃびゃびゃあああ――。
(覚悟して来てる人――ですよね。人に電磁警棒を向けるって事は逆に全身に電流を通されるかもしれないという危険を常に覚悟して来ている人ってわけですよね――)
四恩はアンダープロテクターの硬度を、警棒越しに感じる。彼の精巣が焼き切れたら面白いな、と彼女は思った。だが、後ろの男に対処しなければならない。
電磁警棒のフルスイングが四恩の頭を狙っている。だが、彼女の目は「頭の後ろにも付いている」。片足を曲げる。片足を伸ばす。片手を床に着く。背中を後ろへ反らす。以上、回避行動、終わり。彼女の眼前、男が美しい上段の構えをしている。とはいえ、その顔には焦燥が貼り付いていた。選択の誤りを理解しながら、選択の修正ができない者に特有の、その表情。
僅かに背中を前へ。上段から警棒が振り下ろされる前に、四恩の持っている電磁警棒の先端が彼の足の付根へ触れる。
望まない筋肉への電流のために、望まない声を上げて絶叫する彼を見ながら、四恩は疲労を自覚する。本当は、今度こそ、布とアンダープロテクターと布と皮膚が焼けた香りを嗅いでみようと、彼女は思っていたのだった。
残り――1名。
「見てるだけ――? 急ぐから、もう――行くけど」
途中から、戦闘への参加をやめた男へ、言った。
彼――ゆるキャラのエプロンを掛けた男は何も言い返さなかった。ただ、短く、言葉以前を成すにはあまりにも短く、声を出した。
「はっ、はっ、はっ――」
それは笑い声のようにも聞こえた。痙攣のようにも見えた。
「はっ、はっ、はっ――」
四恩の意識が彼の奇妙な動作の終わりを予期する。それが証拠に、彼女は自分の汗の冷たさを感じる。立ち上がる――尻もちを着く。恥ずかしい、と彼女は思う。どんな兵器も、組織のバックアップなしには、ただの物体に過ぎないということを彼女は思い知らされる。
彼女の企図と挫折とを知ってか知らずか、彼は「はっ!」としっかり有声音を出してから、電磁警棒を咥える。電気の本流が一瞬で彼の頬の肉の水分を気化し、膨張させ、破裂させる。歯茎と歯とを剥き出しにしてなお、彼は自分に電流を流し込み続ける。そして、《バーストゾーン》に入る。
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