2-2-7-1 新渋谷公会堂の戦い
進むことも戻ることもできなくなった舞台の上。奥崎謙一を見送るより他にはなかった四宮四恩が、何もしないことをしてしまった大罪人が――独り立っている。
とはいえ、沈思黙考はブルジョワジーにのみ許された特権だ。軍事労働者であり、自分の身体の他には資本を持たない彼女には、もう次の仕事がすぐ目の前に控えている。
舞台に上がってくる五人の男たち。役者の足取り。そのまま四恩を取り囲む。その観察を、四恩は観察した。コストを度外視して最新技術がふんだんに投入されているはずの戦場から帰ってきた男たちは、しかし白兵戦に、というよりは殆ど喧嘩というものに慣れきった、熟練した所作だった。その視界の中央は常に、獲物たる四恩ではなく、四恩の向こう側に立つ仲間と四恩の「間」が占めている。アイコンタクトを観察されることを避けるためにアイコンタクトを放棄するという、技術。四恩は感嘆のために小さく息を吐く。
五人の視界を使って、戦闘のための姿勢を作ることにする。ネクタイを締め直す――。手袋を嵌め直す。爪先で床を突く。交互に。ソックスは――意外にも乱れなし。顎を引く。背筋を伸ばす。肩の力を抜く。鼻から息を吸って、窄めた口から吐く。
五人の男たちの呼吸音が同時に止まる。耳を澄ませば、彼らの心臓の鼓動が聞こえてくる。どんなに熟練の兵士も心臓を止めることはできない。耳を澄ませ、耳を澄ませ。公会堂の外、戦争の惨禍が聞こえてくる。
「対テロ戦争の要諦は――!」
同僚たちの唱和すら、聞こえた――。
四恩も唱和に参加する。
「殲滅あるのみ――」
均衡を実現していた静寂を破るには、小さな声でそう言うだけで十分なのだから。
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