2-2-5-9

 身体のない子どもたちの一人たる三縁が、どのようにして銃弾を撒き散らすという高度な身体運動を可能にしているのか四恩は疑問に思ったが、その答えを確認する前に、目の前の危機に対処する必要があった。

 目を焼かんする程の白光が、四恩の鼻先で現象していた。それは、人の身では見ることの叶わぬ光だった。彼女は人ではなかったので、その全過程を正確に見通した。

 奥崎の四肢と頭部、それから心臓を正確に目指した銃弾の数々が彼の身体と接触する、その直前に、白く光る鞭が彼の身体から、彼の踏む床から、現れた。それは伸びた。それは唸った。それは叩いた。そして、それは主を守る騎士の如く、あるいは守護天使の如く、銃弾の全てを、ただ1つの例外もなく、ホール天井へと導いた。

「大人のように話す子どもにも、子どものように話す大人にも吐き気がする」

 運動エネルギーを失った銃弾が雨のように天井から落下していく中、奥崎は吐き捨てるように言った。そんな、かつてないほど敵意に満ちた、険しい表情をした彼の視線を辿り、四恩は三縁の「身体」を見たのだった。

 ホールの椅子を1つ1つ、順番に順番に、削り取りながら、三縁の「身体」は舞台の方へと近づいてきていた。

 相変わらず酷い音割れを生じさせながら、三縁の声はホールで反響した。

〈ぼくの新しい身体だよ。これで四恩ちゃんと一緒に何処へでも遊びに行けるね〉

〈ん、ん――〉

 冷戦という名の世界の米ソ共同管理体制の崩壊と「対テロ戦争」の開始は、「熱戦」をほぼ低強度紛争と同義にしてしまった。それは兵器の設計思想をも、大きく変えることになった。都市部でのゲリラ戦を有利に進めることが、近代的軍隊の喫緊の課題となった。その結果が、身体拡張技術であり、そして、今、四恩が見ている物もまた、そうだった。

 まるで蜘蛛のようにも見える、複数の鋼鉄の脚を備えた戦車――多脚戦車の異様を四恩は見ていた。塹壕の突破ではなく、都市で、歩兵の支援なく活動できる戦車。戦争システムが実現した、未来の戦争の先取り。前面に取り付けられたマニピュレーターは昆虫の顎部そのものだ。とはいえ、そこに口はなく、あるのはチェーンガンだった。その7.62mm×51mmの機関銃はまだ熱を放射していた。

〈ぼくの身体はNATO弾を使用するチェーンガンも備えているし、擲弾発射器も備えている。これでばっちり四恩ちゃんをエスコートできるよ〉

〈入れるお店が――少な、そう――〉

〈大丈夫!〉

 四恩は床を蹴ってバックステップ。奥崎から距離を取る。奥崎、ほぼゼロ距離でチェーンガンと対峙する。

〈「障害者差別解消法」があるから。これは車椅子みたいなものだよ〉

〈でも、罰則、ない〉

〈でも、射撃制御ソフトは完璧なんだぜ〉

 モーターの静かな駆動音を聞く。給弾が始まる。装填へと続く。発射に至る。

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